第6話 出汁と提案
「はぁ…」
深いため息が
わたしはこれから一体どうすればいいのだろう。帰る場所も方法も現状では全く分からない。分かっていることと言ったらもう一度あの狐色宗という人たちに見つかったらまずいからすぐには帰れない事。そして帰ることが叶わない事だろうか。
洞穴に西日がわずかに差し込む。泉に光が反射して私の目まで届く。
「眩しっ」
縫うように私の網膜まで届いた光が鬱陶しい。私は目を閉じた。
世界から光と色を遮断すると空間にこだまする水の音がよく聞こえる。ぴちゃぴちゃと波が爆ぜ、鍾乳石からぽたぽたと水滴が垂れる。冷たい風が頬を撫で岩の間を抜けていく。このまま自然と一体となって消えてしまえば楽なのかも。目を閉じると感覚が研ぎ澄まされ視覚以外の情報が鮮明に入ってくる。そうこの漂ってくる匂いも鮮明に分かる。
この匂い?あぁこの匂いはさっきからしている。豊かな塩の香りが混じったような…暖かな香り。出汁の利いた懐かしい匂い。そうだ出汁のにおいだ、昆布とかつおの出汁の匂いが鼻に近づいてくる。素朴ながらも芯のある暖かい湯気が顔にかかるのが分かる。
「あ~保湿~」
思わずいつもの台詞が出てしまう。わたしはお湯を沸かすとき、湯気を浴びる癖がある。弟からは『姉ちゃんそれキモイからやめた方がいいよ』と言われたが、あまり気にしていない。乙女の肌には潤いが必要なのだよ。
「保湿?腹減ってるんじゃなかったのか?」
目を開けると赤髪の少年が困惑した顔で立っていた。両手には1杯ずつの椀が握られている。出汁の香りがする湯気の正体は、どうやらあれのようだ。
「あっその、なんでも無い…です」
取り繕うのは諦めた。
「自己紹介がまだだったな。おれはツバキ、あんたは?」
彼は温かいスープの入った椀を渡しながらそう名乗った。
「いいの?」
「そのために
私はおそるおそる椀を受け取る。木の器からじんわり中身の温もりが伝わってくる。冷たい風にさらされていた手が命を吹き返すみたいに熱を持つ。あったかい…
私はゆっくり椀を覗き込む、茶色みがかった透き通ったスープ。やはりだし汁のように見える。
「安心してくれ、毒の
え、言われるまで気付かなかった…そうだった私は一度睡眠薬で眠らされていたのだ。無警戒にもほどがある。私は彼の言葉を信じ、こくんと頷き器に唇をつけた。
「あったかい…」
好きな味だ、よく知ってる味だ。家で食べるうどんの出汁と遜色ないスープ、懐かしい味。緊張がほぐれる温かい飲み物。
「本当ならメンを入れるんだが…生憎いまはこれくらいしか用意できなくて」
少し申し訳なさそうに言ってツバキもスープを飲む。
「いいよ、ありがとう。でも、そっか麺があったらもっと美味しいだろうね…」
あぁ、お母さんの作るうどんがたべたいなぁ。コシが無い歯が無くても噛み切れるような柔らかいうどんが…最近食べてなかったなぁ…
「どうした?」
「あぁごめんごめん何でもない!」
思わず目頭が熱くなってしまった。私は涙をこらえ話を切り出す。
「自己紹介…わたしもしなきゃね]
「あぁ、頼む」
「えっと、名前は
ぴちゃんと鍾乳石から水滴が落ちる。そして静寂がその場を包む。無理にキャピキャピしたことをするべきでは無いのかもしれない。
「あ、あぁ。よろしく…」
ツバキは苦笑いというか、気まずそうな顔をしている。完全にミスった…慣れないことをするもんじゃない。もう一生変なことはしないと心に決めて話題を露骨にそらすことにした。
「そういえばツバキ…君って何歳なの?私より年下に見えるけど」
「12」
私は指を折り差を確かめる。
「4歳したぁ?いやいや大人び過ぎでしょ?」
「驚きすぎだ。ここじゃあ俺と同い年で俺より優秀な人間もいっぱい居る…まだまだこんなんじゃ足りないんだ…」
なにか思い詰めてる様子。だが普通この年の男の子は女子高生をお姫様抱っこできたりしないし、気を遣ってスープを注いで来たりできない。少なくとも私の弟は両方できっこないだろう。
「それで、これからどうするんだ?」
ツバキは下を向いた顔を無理やり上げ話しかけてきた。
「私?」
「そう、アヤはこれからどうしたい?」
どうしたいって言われても。何もできることは無いし、アテも無い。急にそんなこと言われても答えることなんて出来ない。一度スープを飲み落ち着いて深呼吸してみる。そうして限りなく頭を捻って私が出した答えは。
「どうすればいいと思う…?」
だった。ツバキはため息を我慢する素振りを見せ、やれやれと言わんばかりに目を閉じた。そして再び目を開けてこう言った。
「俺に提案がある」
異世界グルメ放浪記 望月朔菜 @suzumeiro
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