【未来030】未来の喪失
はじめに言わせてほしい。その出来事を、こうしてひとかたまりの文章にして、公開したい、と思った自分に対しては、わりと軽蔑の念を禁じ得ずにいる。けど、書かずにいられなくなったので書く。書かせて、吐かせてくれ。吐き出さねえとやってらんねえんだ。
人の尺度は、人それぞれ。そう痛感させられる出会いをした。
そいつは常々「死んでいる」と言っていた。「死にたい」じゃない。生きているが、死んでいる。そんな感じだ。やつがそれを言うごとに、周りはまたまたー、みたいな反応を示した。その後やつは、それ以上の対応をしなかったが。
今にして思うと、やつが抱いていたのは既死念慮、とでも呼ぶべきものだったんじゃないか。希死念慮、どころじゃない。「すでに自分は、終わっている」。そんな感覚。それが具体的にどんなものかはわからない。ただ、俺が考えているよりも、遥かに濃密な、概念としての死を隣に抱えていたのではないか、って思う。
だから、ある日。
死んだ。すとんと。
前兆と思しい前兆はあった。ツイッターのハッシュタグで、自分の十年間を振り返る、ってやつがあったんだ。そこでやつは、十年のうち、はじめの数年を「最悪だった」と言い切っていた。「よく生きていたと思う」とも言っていた気がする。もうソースがないので確かめられないが。
そこから月日を追うごとに、追うべきもの、追いたいものと出会い、強烈にのめり込んでいくさまが綴られた。
どうなんだろう。追いたいものを探求することができる喜びをどれほど得たところで、結局やつのコア、そのすぐ側には死が転がったままだったのじゃないか。
やつは口癖のように言っていた。この歳まで生きているとは思わなかった。発言がおかしいのだ。やつが「死にたい」と言ったことはない。「死んでいる」とだけ言う。
やつの活動履歴を一言であらわせば没頭、あるいは耽溺である。常人の領分を逸脱した活動履歴に、やつを知るものは誰もが驚いたものである。いやいや無理でしょ、ありえねーよ。そういうふうに思った。だが、生きる上で必要なリソースをも、すべてその活動に投げ込んでいたとしたら。
やつは生ける死者。
死者は生きるという、生命体の活動を維持するための最低限のリソース配分すら必要としない。ならば、余ったリソースは、すべて活動に突っ込めてしまう。
世の中にはたくさんの雑音がある。が、やつにその雑音はまるで届かなかったようだ。それは、あるいは想像を絶する絶望の深みにて得たよすがであったがゆえか。やつの心は、ひたすらに活動に注ぎ込まれた。そして突然、そいつが途絶えることになった。
何があったのか、は、この際、考えても仕方のないことのように思う。すでに用意されていた必然であり、いつどのタイミングでそのトリガーが引かれたとしても、それは結局時間の問題でしかなかったようにすら感じられて仕方ない。
やつが喪われるのは、必然だった。そうとしか言いようがなく、なので、案外やつの喪失を落ち着いて受け止めてはいられている。
だが、それは「事実」に対してだ。
やつが喪われたことは必然、それはいい。だが、やつのいない未来とは、一体どんなものなのだ?
ここまで書いてから言うことでもないかとは思うのだが、俺とやつには、それほど深い接点はない。お互いに、なんかおもろいテキスト吐くアカウントだなー、って思い合っていた……のだ、と思う。わからない。コミュ障の俺はコミュ障ならではの処方箋として、下手に誰かと突っ込んだ交流をしない、というアレを会得している。だからやつのことを面白いと思いながらも、それほどアプローチを掛けたわけではない。
の、だが。
やつの「さらなる知識」への欲求は貪欲だった。「おー、俺と好きなもんがかぶってるなんて、奇特なやつもいるもんだなー」ってヘラヘラしてたら、ヤツの知的好奇心の成長にはまるで限界というものが見えなかった。
やつの異常な成長には、己自身の死をも軽んずるほどの欲求、衝動がその裏にあったんだろう。一週間、あるいは一月すれば、やつはもう俺ごときでは到底理解できないレベルの知識を得、語っていた。俺が抱けた感想など、「えっ……あれ、やばくね?」程度のものである。ちょっと前までヘラヘラと「おーし頑張れよー、お前が成長してくれるときっと楽しいぞー」ぐらいのウエメセ決めてたやつが、気付けば俺なんぞには到底追いつけようのない境地に至ってしまっていた。
繰り返す。喪われた。
そいつが、唐突に。
死は、未来からの断絶である。
やつがそれまで、どれほどのものを営々と積み上げてこようとも。死んだ瞬間、未来は失われる。あとにあるのは、やつと関わりのあった人間たちが整理し、提示する過去でしかない。
やつの未来は、もうない。
それだけじゃない。やつを見届ける俺、という未来すら失った。
正直に言えば、そこに悲しみはない。
ただただ、欠落を感じる。
残念ながら俺は、失って初めて、失ったものの価値に気づく人種であったらしい。そういうクソ野郎だからこそ、この場を借りて、こんなゲスい話をしている。
もうやめにしておこう。所詮俺はクソ野郎なのだ。クソ野郎はクソ野郎なりに、また道化を演じることに専念することとしよう。
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