板野かも様主催 第五回「過去VS未来」編
【過去075】中世古城址での逢引き
御殿場線山北駅で降り、南口から出る。
太平洋戦争の頃には補給駅として栄えていた駅らしい。
が、当時の面影は、今はどこにもない。周辺を見渡すに、鄙びた田舎町、としか表現のしようがなかった。
ただし、線路に覆いかぶさるように咲き狂う桜のトンネルは、絶景、と言うべきだろう。
御殿場線は山北駅を出ると、しばらくはまっすぐに走る。その左右には、ずらりと桜が立ち並んでいる。
箇所箇所の跨線橋にカメラを構えた人々が陣取るのもわかる。桜と電車の取り合わせは、それだけでもう、卑怯なくらいにサマになる。
「ねぇ、タケル。この先の路地を左折だって。密かな絶景ポイントって、ほんっとーにわかりづらいよね」
隣を歩く、ヒロミが言う。
見てみれば、なるほど。そこはひたすらに路地の入り口、としか言いようがなかった。
一応「河村城址入り口」なる表示は見かけたが、油断すれば簡単に見逃す自信がある。
「見っけられたんだ、ラッキーだと思おうぜ。迷子は迷子で楽しいけどよ」
「えー、時間の無駄じゃん。やだよ」
お前とだべってられんなら無駄じゃねえよ、って言おうと思ったけど、無理だった。うーん、こういう些細なとこでのチキンっぷりときたら。
路地に入ると、間もなく上り坂になる。
目指している河村城址は、山北駅の南にある浅間山に建設された山城、その跡地だ。ちなみに「あさまやま」ではなく「せんげんやま」と呼ぶらしい。
山林にひとたび足を踏み込めば、見上げても、空はまばらにしか見えない。じめっと薄暗いやぶの中を登るために、ぐねぐねと散策道がしつらえられている。
一方で、そのど真ん中には、階段。
ヒロミを見ようとする――と、奴はにやりと笑い、いきなり階段を駆け上がり始めた!
「あ、ってめ!」
「油断大敵ぃ!」
駆け登っていく中で、二度、三度と蛇行した小道と交差する。今更だが、なかなかに急な勾配だった。登り切った先、頭上に青空が戻ってくる頃には、完全に肩で息をしてしまっていた。
「何だ、だらしないの」
ニヤニヤとしてくるヒロミだったが、負けないくらいに息を切らしている。
「説得力ねえわ、お前」
「わたしもそう思う」
リュックからペットボトルを二本出し、一本は渡す。一息ついてから、進む先を見る。
小道の左手、麓方面には柵がしてあった。右手側には、ぐいっとせり上がる丘。
「この上に建物があったのかもな。今の道を攻め上がってきてみても、建物から狙い打たれて、あわれ山の肥やし、ってか」
「お、想像してますね?」
「そりゃな。城攻めはロマンでしょ」
「いやわかんないけど」
「はい」
がっくりと肩を落とし、ここからはこちらの先導で進む。木組みの門をくぐると、一気に視界が開けた。
山頂だ。
「すごい! 大して登ってないのに謎の達成感!」
「そういうことあんま大声でね、いや同意ですけど」
人影はない、が、よく整備はされているんだろう。歩きやすい。
先程見上げた丘のところに行ってみる。ひとつ橋を渡って、その向こうだ。地形がそのまま天然の空堀になってる感じだ。
「改めて上から見ると、……だいぶエグい高低差だね」
「よじ登るわけにも行かないだろうしな。今立ってるところも、多分柵なんかじゃなくて、壁があったんじゃないかな。で、その所々に穴が空いてて」
「兵士じゃなくてよかったわー……」
なんだかんだで、こっちの空想に付き合ってはくれるのだ。ありがたい限りである。
入り口に戻ると、足元に城址公園の見取り図があった。大雑把に言えば、この城は東西に分かれていたようだ。西エリアは南北に広がり、東エリアは東西に長い。
西側を歩いてみると、そこかしこに桜が植えられていた。綺麗と言えば綺麗なのだが、「その城に、本当に桜が咲いていたのか?」って考えると、やや興ざめのきらいは免れない。もっとも「密かな桜スポット!」的な謳い文句に誘われてやってきた俺らにとっては、目指すべき場所だったのかもしれないが。
「桜が植えられてる公園だねー」
ヒロミのどストレートにもほどがある感想に、「そうだなぁ」としか答えられなかった。一通りを回ってから、東エリアに向かう。そちらに移動するには、二つの橋を渡る必要があった。
これがまた、妙にこちらのテンションを上げてきてくれる。
「よくわかんないけど、山城! って感じだよね?」
「川がないのに橋を渡る、この背徳感!」
「ごめんそれはわかんない」
「はい」
うーんだめかー。
東エリアに入ると、空が広くなった。
それもそのはず、南には視界の妨げとなる木々がない。関東平野の西の端、山北から小田原まで続く足柄平野が一望でき、さらに海の向こうには、うっすらと霞がかった伊豆大島さえ見える。
「うわー、こりゃ城建てるわ」
「え、なんで?」
「ここにいれば、足柄平野で変なことがあれば分かるだろ? そしたら狼煙とかですぐに知らせられる。ここを抑えてるかどうかで、敵の見え方がまるで違う」
「へー」
気のない返事じゃあったが、一緒にその展望に付き合ってはくれる。
と言って、足柄平野は南北に長く、東西に短い。存外すぐに見渡し終えてしまう。
ここに城があった、室町〜戦国時代。その狭い平野を、当時の豪族たちは、なんとしてでも守りきらなきゃならなかった。
だから、彼らはここに城を建てよう、と思ったのだろう。
「不思議だな」
「何が?」
「当時の豪族と、同じ所に立ってるんだ。なのに、ここには今、建物があった形跡もない。彼らがどんな言葉で、ここに決めた! って言ったのか、そんなこともわからない」
場所は、確かに同じはずなのだ。だが、いま俺たちが立つのは広々とした公園。この地を守らんとした侍たちの息吹は、決して俺の耳には届かない。
「ふーん」
俺の手を、ヒロミが握ってくる。
「まあ、いんじゃね? 侍たちの事、わたしたちは知らない。けどあいつらは、わたしたちがこうして繋がりあってることも知らない。おあいこ」
「おあいこって、お前ね」
右隣、やや斜め下。
視界いっぱいの遠景が、はちきれんばかりの近景に取って代わられる。
思わず、俺もヒロミの手を握り返す。
「そう、だな。ザマミロ、戦国武将」
「そうそう、その勢い」
遠く彼方、水平線。
その上にはふんわりと、しらす雲が広がっていた。
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