【No. 052】夢枕にょぅι゛ょ

 幼女に、夢枕に立たれた。


 赤いスカートをはためかせて、けどパンチラだけは断固として拒否。別に見たい訳じゃなかったが、夢にしちゃずいぶん放送倫理が行き届いてるなって感心する――と、そんな俺の思考を読み取ったか、絶対零度の見下しには、早くも死の予感がした。


「ふむ、クズとはわきまえておるか」


 第一声がそれか。ひどい。


 俺はしゃべれない。とはいえしゃべる必要もなさそうだった。どうせ幼女は勝手に読み取ってくる。

 身動きも取れず、隠し事もできない。幼女がその気になれば、一瞬で詰む。まな板の鯉とは、こういう状態か。


「過大評価じゃな。メザシじゃ、メザシ」


 このロリババア……!


「……ぉん?」


 はい、メザシです。

 こんな小魚のところにまでわざわざご足労くださるなんて、身に余る光栄です。とっとと要件言って帰れ。


「ずいぶんと好き放題言ってくれるもんじゃのー。まあよかろ、とっとと話が進むんであれば御の字じゃ。メザシ、きさま、Vocaloid 歌愛ユキを所持しておるな?」


 え、はぁ、確かに持ってますが……。


 いきなりのご指定に、ついキョトンとする。


 遅れましたが、当方ハンドル名s8えすえいと。この名前で動画投稿サイト「ニコニコ動画」にオリジナル曲を上げている、いわゆる、ボカロPってやつだ。零細だけどな。


 世間一般に知られるボカロと言えば、エメラルドグリーンのツインテールをたなびかせる初音ミクだろう。だが、俺が好んで使うのは、幼女が名前を挙げた、歌愛ユキである。


 歌愛ユキ。小学生のあどけない歌声を売りとして発売された……のはいいんだが、曲によってはどう考えても凄絶な人生を歩んでるとしか思えないほどのヘヴィな歌声を披露、一部の好事家から異常な支持を得るに至ったボカロである。


「そうな、メザシのようにな」


 やめてくださいナレーションにツッコミ入れてくんの。


 と言うわけで、俺の頭上でふんぞりがえるロリババアは、多分わざとだろう、歌愛ユキ、そのまんまの格好をしている。すげぇな夢枕、なんでもありだ。


「お前、余裕あるのー」


 そりゃもう、何やっても無駄でしょうし。それに、少なくとも一曲は作らしてくれるんですよね? わざわざボカロの姿に合わせてのご指名なわけですし。


「ったく、可愛げがない。驚いたり喚いたりわしに説得させたりせんかい。だがメザシよ、読み通りじゃ。作ってもらいたい曲がある。なにぶんわしが干渉できるのはお前だけなのでな」


 ずいぶんしょぼい神様っすねー。


「しょぼいお前に神なんぞと言ったご大層なもんが来るわけなかろう。超自我、メタ意識あたりがせいぜいよ。なんなら偶像、アイドルでも良い。お前らのごときゴミ思念が煮凝った代物、要はお前らよりちょっとマシなゴミじゃ」


 言って、くくっと笑う。

 自虐って感じでもない。自身の存在に、特段の感情を抱いていなさそうな印象だ。


「抱いていない、訳でもないぞ。と言うより、まさにそこが不満で曲を作ってもらいたいんじゃ。いい、悪いはともかく、わしとお前らは、存在しているチャンネルが違う。なのに、この歌愛ユキなるキャラクター性は、常にお前たちの代弁者、あるいはお前たちの妄想の矛先として扱われる。無論仕方のないことではある、あるが、いささか、それに飽いたのよ」


 ふ、と嘆息すると、それに合わせるかのように、脳裏に様々なイメージが、「どさっと」来た。もう、そうとしか言えない。名状しがたい何かというか、いや冒涜的だったりはしないんだが、とにかくまー、いろいろ膨大で、一言で言い尽くせない感じ。


 ええと、このイメージを歌にしろ、ってことか? 無理ゲーじゃね?


「アホかい、メザシの処理能力にそんなん期待しとらんわ。感想でええ。わしが送りつけたもんに対して、何を感じたか。そいつを曲にせえ。ええか、お前を選んだ時点で、お前らの尺度でのええ曲かどうかなんぞ気にしとらんのだ。お前の好き勝手が、たまたまわしの嗜好に合った、それだけよ。好き勝手にやれ、ただし全力でな。半端なもんを作りよったら、改めてぶち殺しに……」



 がば、と目が覚めた。


 いや、その擬態語は動きをあらわすものなんだし、適切な表現じゃないのかもしれない。だが、そうとしか表現できなかった。気付いたら、俺は上半身を跳ね上げてた。

 ついでに言うと、もなかなかゴキゲンだった。


「――んぁー?」


 さっきまで、当たり前のようにそこにあった存在感が、もはやどこにもない。こいつをどう判断したもんか。ただ、確実に言えることはあった。


 やつの置き土産は、間違いなく、俺の中に、ある。


 ふむ、と考える。


 やつは超自我、メタ意識、と自称していたか。そんなん人間さまから見りゃ余裕で神さまクラスだろ、と思うわけだ。とはいえ肉体がないからテキストを打つこともできず、主張したいことも満足に主張できずにいる。


 なるほど、存在のチャンネルが違うやつがこっちのチャンネルで主張しようとすると、電波を受信できる人間をパートナーに選ぶしかなくなるわけだ。そして受信できるようなやつはもともとアレだから、どうしてもやばい伝言ゲームになるのも覚悟の上で。うーん、高次の存在も、いろいろ難儀なもんである。


 やつの言いたいことを一口にまとめてみると、「お前は川の水の量を定規で測れるのか?」になるだろうか。やつについて語るに当たり、人間の尺度を用いればどうしても矛盾が生じ、理屈に合わなくなる。だから、もうそういうもんだと諦めて受け入れろ、的な。まぁ受け入れようが入れるまいが、人類の振る舞いにいちピコメートルほどの影響もないわけだが。



 ともあれ、せっかくのご指名ですしね。頑張って作らせていただきますよ――そう思って作った曲は、「キモい」の一言で切り捨てられた。うん、そうなりますよねー。


 ただ、今のところ、やつには殺されてない。お気に召したかどうかはともかく、なんとかセーフだったんだろうな、とは思ってる。

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