第一話『二人の天才』

――魔術文化の浸透がもたらしたのは、人間社会のさらなる発達だけではない。既存の文化と魔術が融合した結果大きな飛躍を遂げた産業は数多いが、その反面で治安は大きく低下したと言っても良かった。



「……アレがターゲットか?」



「ああ、今回のは少し特殊でな。つがいと思われる二体を同時に撃破しなければ、どういう訳か再生していってしまうらしい」



 輸送車がターゲットを捕捉し、その巨躯が裕哉と先の前に姿を見せる。口からはみ出るほどの大きな牙と木々をバターの様に引き裂く爪は、放っておけば住宅街へと向かっていきそうな進路をたどっていた。



「漫画かゲームの敵みたいな設定だな。……もっとも、あの事件が起こる前の話らし

いけど」



「そういう文化に対してどうしてお前はそう詳しいんだ……。SFの類など、今では失われかけている文化だぞ?」



「現実があらゆる創作を超えてきちゃったから、だっけか。それはそれで、消えるには惜しい文化だった気がするけどなあ……」



 今となってはめっきり新刊の数が減ってしまってはいるが、それでも諦めずに書いている人だっている。それを知っているから、裕哉は今でも熱心なSF読者だった。



「……お前たち、少しは緊張感を持ってくれ。目の前にいるのは今までにないタイプの魔獣なんだぞ?」



 輸送車の運転手が、のんきな会話を繰り広げる二人に対して呆れ気味な声を上げる。と言っても運転手自体もベテランなので、それすら様式美というような雰囲気はあった。



「私たちは学園最強の身だからな。この程度で緊張などしていては、生徒会の名にも霧島の名にも傷がつくというものだ」



「俺はそんなご立派な思想があるわけじゃねえけどな。……ただ、コンビ戦って分野で俺と霧島に挑もうというなら百年早いってやつだ」



「……ああ、お前たちはそういうやつだったな」



 思想も境遇も、生徒会との向き合い方も正反対。まるで水と油のような二人だが、運転手は――生徒会の顧問として彼らを一番間近で見ている教師は、知っている。



――この二人こそが、間違いなく学園最強のコンビであると。



「それじゃあ、降下準備をするぞ。二人とも、制服の起動は?」



「終わっている。以下に魔獣を手早く殲滅するかも含めて、全てな」



「いつでも行けるぞ。先生は、回収をいかにスムーズにするかだけを考えててくれ」



 最終確認に、二人から威勢のいい返事が返って来る。いつもと変わらない、気負わない様子に思わず苦笑を浮かべ、運転手はハンドル付近に着いたボタンを押し込んだ。



「―—行ってこい!」



「「了解!」」



 その瞬間、輸送車の後部についている扉が開く。魔獣の上空を飛行する輸送車から、二人は臆することなく飛び降りた――ビルの最上階から地上へ向かった時と同じように、気楽に。



「……今回は少しでかめか?」



「そうでもないだろう。仮にそうでも、私たちの敵ではないさ」



 魔獣の背中を見下ろし、急降下しながら二人は気楽なやり取りを演じて見せる。どこまでも不遜な早希の態度に裕哉は苦笑しながらも、魔獣の片割れに向かって真っすぐ腕を伸ばした。



「……ま、それもそうだ、な‼」



 高速で降下しながらも、裕哉は正確に魔獣との距離を測る。自分の射程に魔獣が入ったことを確信して、裕哉は全力で右腕を振り抜いた。



 魔獣との距離、およそ十メートル。右腕をただ振るっただけではむなしく空を切るはずのその動きだが、その軌道をなぞるように青い光が空中を迸る。その異様な現象に魔獣が空を見上げた時には、すでに仕込みは終わっていた。



「起きろ、水刃!」



 その宣言が成されると同時、空中から巨大な水の刃が飛来する。裕哉が振るった腕の軌道をなぞるその一撃は、魔獣の体をいとも簡単に切り裂いた。



「……相変わらず、途轍もない火力だな」



「工夫の賜物って言ってくれ。純粋な火力ならお前の方が上だよ」



 背中に大きな傷が刻まれ、魔獣がゆっくりと崩れ落ちる。それを背景に二人は言葉を交わすが、そこにある違和感を見落とすことは無かった。



「……ま、そりゃそうだろうな」



「事前情報の通りだ。何も焦ることは無いさ」



 ゆっくりと起き上がった魔獣が、殺意に濡れた目でこちらを見つめている。確かに与えたはずの致命傷は、その事象自体がなかったことにされているかのように綺麗に塞がっていた。視線を外せばその瞬間にとびかかってきそうな威圧感をその身から放っているが、そればかりに注意を払っているわけにもいかない。



「……挟撃は、少しばかり面倒じゃないか?」



「そうでもないだろう。……私が一匹、裕哉が一匹。それを同時に達成すればいい話だ」



 背中からひたひたと迫って来る殺意を浴びながらも、早希はいつもの調子を崩さない。自分の実力に絶対の自信を持つその姿は、裕哉の不安を取り除くには十分だった。



「……相変わらず、戦闘になると脳筋なのな!」



 簡単に言ってくれるなよと、そんな皮肉を込めながら裕哉は魔獣に向かって真っすぐ駆け出していく。ちらと背後を見やれば、早希も反対方向に向かって勢いよく駆けだしていた。



――『とある事件』の後に生まれた子供は『魔術世代』と呼ばれ、今までSFの産物されてきた魔術を操る力を得た――と言っても、基本的に扱える属性は一人に一つ。その才能もまちまちで、魔術を使って活躍できる人間が全てとは限らない。



 だが、今この戦場に立つ二人は同世代のトップと言ってもいい。それぞれが違う在り方でトップに立つその在り方は、外部の人間をして『十年に一度の世代』と賞賛を送らせるに足る物だった。



 裕哉は自らのことを卑下して見せるが、その実力に疑うところがないのは言うまでもない。多くの高校生の憧憬を受ける少年は、自分よりもはるかに大きな魔獣を前に右腕をまっすぐ構えると――



「水弾、用意!」



 式句を告げると同時、空中にピンポン玉程度の大きさの水の塊が出現する。一見すると意味のない変化に思えるが、その水は途轍もない速度で渦巻き続けている。それに安易に触れれば、魔獣の肉ですら容易く穿って見せるだろう。



 しかし、本能で動く魔獣にはそれの危険性など知る由もない。自らの前で無防備に立ち止まって見せる裕哉の姿は、魔獣の本能をして憤るに十分なものだった。ならば自らの実力を証明するのみだと、魔獣はその小さな肉体を引き裂こうと爪を振り上げて――



「……撃てえッ‼」



 その言葉とともに放たれた弾丸が魔獣の体を貫いたことで、その過ちに気づくこととなった。単純な回転だけでなくねじれも加えられた水の弾丸は強靭な皮膚を容易く破って体内に侵入し、鍛えられた肉体をあっけなく蹂躙していく。その苦痛は、立っている事すら魔獣に許さないほどだった。



「油断してたろ……って言っても、魔獣に油断もへったくれもないだろうけどな」



 ぐったりと崩れ落ちた魔獣を前にして、裕哉は得意げに笑って見せる。それは自らの研鑽への誇りであり、裕哉の在り方の証明と言っても良かった。



 水属性の魔力を扱えることは一般的には良い事とされるが、戦闘面においては幾分不便さが勝るものというのが社会の――裕哉以前の常識だ。流体は魔獣相手にダメージを負わせる手段には乏しいという常識を、裕哉は一人で覆して見せた。



「水は何よりも自由なんだよ。……こっちが導いてやれば、弾丸にも鎧にも、剣にもその姿を変えてくれるんだから」



 指先で水の球体をもてあそびながら、裕哉はそうつぶやく。軽く身震いを続けている魔獣の姿は、再生が起きない程度に裕哉が手心を加えていたことの証明だった。



「……おい、殺していないだろうな。同時に撃破しなくてはならないんだぞ?」



「そっちこそ。細かい力加減は苦手だろ?」



 背後から聞こえてきた声に、裕哉は後ろを向いて返事する。見れば、早希が氷の楔を用いて魔獣の動きを完全に封じていた。四本の脚それぞれを凍結させるそのやり方は非常に強引だが、それを可能としているのは早希の圧倒的な魔力量によるものだ。自分には到底できない強引なやり方に、裕哉は思わず苦笑した。



「私だって日々研鑽を積み重ねているんだ、相手の負傷状態をコントロールする術くらい身に着けているさ。……それじゃあ、仕留めるぞ」



「ああ。タイミング、外すんじゃねえぞ?」



 そう言うと同時に、裕哉は空中に大きな水の刃を作り上げる。その背後から、思わず身を震わせるような冷気が早希の武装を通じて伝わってきていた。



「「せーーーー……のッ‼」」



 二人が声を合わせた直後、二つの悲鳴が森の中に大きく響き渡る。水と氷、二つの致命打にそれぞれさらされた二匹の魔獣は、その特異性による再生もままならぬまま塵となって崩れ落ちていった。



 生命の理に反することではあるが、魔獣の死体は残らない。その生命機能を終えた瞬間、まるで最初からその存在が幻であったかのように痕跡一つ残さずに消えていくのだ。まるで誰かがそう仕向けているようだという噂は、今でもまことしやかにささやかれていた。



「……あとは残党の討伐か? 鷹型の魔獣がいくつかいるとの話だったが」



「もう撤退してるだろ。俺たちの実力を見て、勝てるかどうかくらいは判断できるだろうし」



 その推測が正しい事は、周囲から魔力の気配が消え去ったことが証明している。今日も無事に戦いを終えられたことに安堵していると、空中から輸送車が裕哉たちのもとへと降り立ってきた。



「……まったく、お前たちにはつくづく驚かされるな。これは学園の試験ではないんだぞ?」



「分かっているさ。たとえ再生すると言っても、それら一匹ごとが私たちを超えられなくては意味がない。……それだけの話だよ」



「ま、俺も大体同意見だな。攻略法がはっきりしてるなら、それに忠実に行けばいいだけだろ」



「……これこそ学園最強たる所以、だな。乗れ、今からなら二限目には間に合う」



「……うげ」



 何気ない教師の言葉に、裕哉は急速に現実へと引き戻される。手早く戦闘を終わらせられたことは良い事だが、その代償も確かにあった。



「……鷹型の魔獣、もしかしたらまだいるかも……」



「その可能性がないといったのは裕哉だろう。……ほら、さっさと行くぞ」



 どうにか二限だけでもスルー出来ないかという裕哉の試みも、あっけなく早希に阻まれる。後ろ髪を引かれながら、裕哉は学園生活へと引き戻されていくのだった。

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