#29「亡霊の涙」
「おい、聞いたか?ここ最近幽霊が頻繁に出てるらしいぞ」
モーリスが修行の合間にヒューロに話しかける。ミナタではそんな噂が民衆の間に広まっていた。
ある者は雨の中佇む半透明な人影を見たと言い、またある者は壁の中に消えていく人を見たと言う。それは現在ミナタ近辺で広まっている謎の病が流行り始めたころから相次いでいた。
「それもマナの影響だろう」
ユファは切り株に座り、ヒューロの修業を見ながら答えた。ヒューロは一旦石を積み上げるとユファに聞き返す。
「マナの?」
「ああ、前にも言ったが、マナはこの世のありとあらゆるものに干渉する。恐らく俗に言う魂と呼ばれるものにまでマナが干渉したか、それとも人々に干渉したマナが願いや思いを汲み取り、生み出してしまったのか。魔法は不思議なものだからな。そういった存在を生み出してしまうことも可能だろう」
「人間にもマナって干渉するの?」
「もちろんだ。ここ最近流行ってる高熱を引き起こす謎の病。あれはマナの影響だ。お前、前に雨に魔法を掛けただろう?そいつに打たれた人間の内、マナが体に合わないやつが拒否反応を起こしているんだ」
「え?じゃあ、今の皆が倒れてる病気って・・・・・・」
「お前のせいということになるな」
ドクンとヒューロの胸が脈打った。同時に様々な思いが頭の中に浮かんでは消えを繰り返す。
(俺のせいで沢山の人が苦しんでいる。もしこれで死人が出たらどうしよう)
「考え込むな。確かに死人もでる。しかし、その力でお前はより多くの人を救うことになるんだ。そんな力を持ったお前がふさぎ込んでどうする?」
「で、でも命と命を比べることはできないよ!」
「・・・・・・」
ヒューロの想いを聞いたユファは腕を組み、黙りこくってしまった。彼もどうやら思うことがあるらしい。
命を秤にかける。ヒューロはより一層思いつめてしまった。そしていてもたってもいられなくなると、ヒューロは脱兎のごとくその場から走り出してしまう。
「おい、待てヒューロ!」
モーリスはヒューロを追いかける。しかしそれを「待て!」とユファが制止した。
「おいおっさん。これはあいつにとってでっけえ問題なんだ。だから簡単に割り切れなんて無理な話なんだよ。俺も何ができるかは分かんねえけど、一緒に悩んでやることはできる。止めても無駄だぜ」
ユファを指差し、モーリスは走り去ってしまった。それを再び止めるでもなく天を仰ぎ見たユファは仮面越しの籠った声で一人呟く。
「分かってるさ・・・・・・」
その声は林を吹き抜ける風と共に消えていき、誰の耳にも届くことはなかった。
少年は息を切らしながら走っていた。その間も頭を巡る不安はどんどん膨張していく。
(俺は、俺は一体どうすれば)
疲れと悩みとが彼を一気に襲う。ヒューロは思わず足を止めてしまう。普段は心地よいはずの風が今の彼には腹立たしく感じた。
「くそ!」
傍にあった木を思わず殴ってしまう。ガサと木が揺れ木の葉が舞った。するとどこからか「キャ」という短い悲鳴が聞こえてきた。
「え?」
思わずヒューロは声のする方、木の後ろへ目線をやる。するとそこにいたのは可憐な少女であった。長くまっすぐに伸びた黄金色の髪には綺麗なカチューシャを着けており、豪華な服を身に纏っている。恐らくどこかの貴族の娘であろう。しかし、おかしな点が一つあった。それは体が半透明であること。その肌は向こう側の景色が透けており、全くと言っていいほど生気を感じなかった。
「も、もしかして幽霊?」
少女はいきなり両手で自らの顔を覆って泣く仕草を見せた。しかしその双眸から涙が出ることはない。まるで枯れ井戸から水を汲むようなその行為は、更に見る者の胸を抉るのに十分であった。
「どうしたの?」
ヒューロは優しい声音で聞いてみた。しかし少女は嗚咽を零すばかりで、質問には答えてくれない。
(まいったな、どうしよう・・・・・・)
悩んでいると、遠くから「おーい!ヒューロ!」とモーリスの呼ぶ声が聞こえる。
もう一人の気配を感じたのか、少女の霊はその場からふよふよと浮遊してどこかへ消え去ってしまった。
ヒューロの後ろから駆け足が聞こえて来る。
「なんだ今の?なんか飛んでたけど、鳥か?」
「ううん。幽霊」
「なんだ幽霊か。どうかしたのか?」
「泣いてたんだ、あの子」
「泣いてた?幽霊がか?」
女の子の飛んでいった方向を見上げながらヒューロは答える。そんな彼の憂う横顔を見てモーリスは「あ、そうだ」と何かを思い出したような声を上げる。
「お前、大丈夫か?さっきのユファさんが言ってたこと・・・・・・」
「それなんだけど、ちょっとユファさんに聞きたいことがあるんだ。それ次第ではもしかしたらこの問題を解決できるかもしれない。モーリス、来てもらったところ悪いけど、ユファさんのところに戻ろう!」
「おう、分かったぜ」
こうして二人はユファの元へ引き返すのだった。
数分後、修行場である林へ戻ってきた二人。しかしそこにユファの姿は無かった。
「帰っちゃったのかな?」
「いねえもんはしゃあねえ、また今度聞いてみようぜ」
「そうだね」
二人はユファに会うのを一旦諦め、各々の帰路に就くのであった。
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