#24「勧誘」

 ヒューロ達が騎士団支部を抜け出してから早三日。二人はいつも通り店を切り盛りしていた。だがいつもと違うのは、二人の関係がぎこちないというところである。ヴァルハットが何か行動するたびに、それをちらと見てため息を吐く。そんなことを幾度となく繰り返していた。それにはヴァルハットもいい思いはしない。このままでは埒が明かないため、ヒューロに直接聞いてみることにした。


「お前、何怒ってるんだ?」


「別に」


 返ってきたのは素っ気ない返事であった。しかし何か言いたげではある。それにヴァルハットは気付いていた。


「まったく素直じゃねえな。そんなんじゃ女の子にモテねえぞ?」


「うるさいなあ。父さんだって母さんに逃げられたくせに・・・・・・」


「うっ、それを言われると・・・・・・」


 痛いところを突かれた。そうヴァルハットは思った。すると、ヒューロが「はあ」とため息を吐いて愚痴を零す。


「そう言う無神経なところがねえ。この間だって何もあんなに急いで出ていかなくてもさ。折角コンちゃん達と話せると思ったのに・・・・・・」


「なんだ、そんなことで怒ってたのか?」


「そんなことって・・・・・・。まあ、いいけど」


「お前だってばらすなって言った秘密破っただろうがよ。それでお互い様だっつーの」


 まるで子供のように言い返すヴァルハットに、ヒューロは呆れ半分で再びため息を吐いた。


 そんな他愛もない会話をしていると、店のドアベルが来客を告げる。


「いらっしゃいませ!」


 ヒューロは先程とは打って変わり、元気よく挨拶をする。


 店に入ってきたのは全身を甲冑で覆った騎士であった。


「失礼する。私は王室直属騎士団『白狼』が一人。エセウス・ヌークである。こちらにヒューロ・ヘッツェファーはいるか?」


「はい、ここにいますけど・・・・・・」


「やい、てめえ。人と話すときはその仰々しい兜を取りやがれってんだ」


 ヴァルハットはいかにも機嫌が悪そうに騎士に向かって言葉を投げる。ヴァルハットもテーブルに片肘を付き、態度が悪いのにも関わらずだ。それに対しエセウスは「そうか」と言い、豪華な装飾の施された兜を取った。


「あ!おじさん!あの時の魔法使い!」


 そう、兜の下には、以前ヒューロ達がミナタの広場で出会った魔法使いの顔があった。以前は仮面で顔が半分覆われていたが、何とか頭の中で一致させることができた。


「やあ、ヒューロ君。まさかこんな形で再び合うとはね」


「何?魔法使いだあ?胡散臭え。白狼のやつが何しにここに来やがった?」


「おたくの息子さんも魔法使いなのでは?それも私とは違って本物と聞いていますが」


「チッもう嗅ぎ付けてきやがったか」


 ヴァルハットは悪態をつき、エセウスを睨み付ける。それでもエセウスは一向に構わないという様に話しを続ける。


「ヒューロ君、君を騎士団に勧誘しに来たんだ」


「ええ!?」


 エセウスの口から出たのは衝撃の一言であった。まさかの出来事にヒューロは驚きの声を上げる。


「そんなこったろうと思ったぜ」


 ヴァルハットはやれやれという風に椅子から立ち上がった。そしてズカズカとエセウスの前に歩み寄ると、ヒューロを守る壁のように立ちはだかった。


「息子はやらねえ。以上だ」


「困りましたね。王からの直々の命なのですが・・・・・・」


「じゃあ、王自身が来やがれってんだ」


「だそうです。王」


 エセウスが目線を後ろにやると、ドアベルが二人目の来客を告げた。


 そこに現れたのは、ロークバルト王国現国王セプティマイオス十世本人であった。


「な、なぜ国王が」


 思わぬ来客にヴァルハットは跪く。当のセプティマイオスはというと、店の中を見渡していた。


「フム、随分とこじんまりとしているねこの店は」


「まあ、このぐらいが回すには丁度良いので」


「そういうものか。すまんな、商業には疎いものでな。ところで、君のご子息であるヒューロ君なのだが、是非我がロークバルト王国騎士団に入団させてみてはいかがかね?」


「いや、その、コイツではご期待には沿えないかと・・・・・・」


「なに、人間誰しも何かを始める時は上手くはいかないものさ。誰しも経験を積めばそれなりにはなる。特に『戦神』の息子となれば、心配はいらないであろう。それに、ご子息は魔法が使えると聞く。それならばなおの事、その力を使ってこの国に尽くしてみないかね?」


「それは・・・・・・」


 王のまくし立てるような言い方に、ヴァルハットは戸惑ってしまう。しかし、そんなことはお構いなしという様に話を続ける。


「そうだヒューロ君、私にも魔法を見せてくれないかね?」


 セプティマイオスはまるで子供のように目を輝かせるヒューロに尋ねる。突然のことにヒューロは驚いた様子を見せた。それをヴァルハットは制止する。


「見せなくてもいい」


「『見せなくてもいい』ってことはやっぱりできるんだね?」


 鋭いところにセプティマイオスは気が付く。そのツッコミに対しヴァルハットは言い淀んでしまった。


「父さんこの人、そういうの通じないと思う。素直に見せた方が・・・」


「お前は黙ってろ」


「ヒューロ君、君はこの国の、いや世界中で困っている人の役に立ちたいとは思わんかね?」


「世界中の?」


 セプティマイオスの言葉にヒューロは食いつく。それを見たヴァルハットは頭を抱える。


「そうだ。そしてエセウス君、騎士団の信念いってみよう」


「はい。『勇気・知恵・慈愛を持って困難より力なき民を守り、害をなすものを排除せよ』です!」


 エセウスはすっと背筋を伸ばし、王に向かって信念を唱える。それを聞いたセプティマイオスは「うむ」と頷いた。


 それを聞いたヒューロは新しい風が体を突き抜けていく感覚に襲われる。


(そうか、やっぱり俺がこの力に目覚めたのは、力なき人々を守るため・・・・・・)


 ヒューロは拳をぎゅっと握りしめる。その中に決意を込めて。


「俺、騎士にな」


「ダメだ。一時の感情に身を任せるな」


 そうヒューロが言いかけたとき、ヴァルハットが彼の肩を掴む。


 引き留めるヴァルハットの脳内には過ぎし日の記憶が蘇る。


 戦場を駆けるヴァルハット。死んでいく仲間達。敵兵。そして彼は大雨の中ポツンと一人、血の滴る剣を見つめ己に問いかける。果たしてこの戦いに意味はあるのかと・・・・・・。


 そんな思いがあるからこそ、簡単には騎士になってほしくない。そう考え、ヴァルハットはヒューロを止めるのだった。


「一時の感情じゃないよ。前から、前からそう思っていたんだ。俺のこの力は何のためにあるのかって。自分のためじゃない、誰かを救うために使えないかって。そんなチャンスが今、ここにあるんだ。だから、俺いくよ。騎士になる!」


 己が掴む子供の口からそんな言葉が出るとはヴァルハットは思ってもみなかった。


(似ている、あの頃の俺に・・・・・・)


 あの時の情熱を思い出したヴァルハットは、もう引き留められない、そう思い掴んでいた手を放す。


「ありがとう。分かってくれて」


「父親殿も納得してくれたことだし、では行くか」


 セプティマイオスはクルっと背を向けドアの方へ向かう。それに追随するようにエセウスも店を後にしようとする。


「え、今から?」


「善は急げ、思い立ったら吉日。そう言った言葉が促しているように、時は有限だ。早いに越したことはない」


「はあ・・・・・・」


 困惑するヒューロに王は語り掛ける。そして「ワシ、今いいこと言ったかな?」とエセウスに問いかけた。エセウスは「はい。名言にございます」と答える。


 馬車に乗り込むセプティマイオスはヒューロに話しかける。


「五分だ。五分で準備をしなさい。それ以上は私達は待たないよ」


「は、はい!」


 そう返事をすると、ヒューロは自室に駆けていく。


「ヴァルハット殿、此度はご子息の騎士団入団を認めてくださりありがとうございます」


 エセウスはヴァルハットに改めて礼を言う。


「ああ、その代わり・・・・・・」


「ええ、分かってます。ご子息は必ずや立派な騎士に育て上げ、必ずや無事に生還させます」


「頼んだぞ」


「準備出来ました~」


 奥から準備を済ませたヒューロが駆け出してくる。


 馬車の中から空を見上げるセプティマイオス。どんよりとした雲が、もうじき雨が降りそうなことを告げている。


「急ぎなさい!雨が降る前に行きますよ!」


「は、はい!」


 慌てて馬車に乗り込むヒューロ。セプティマイオスは椅子をひょいと避けると、空いたスペースにヒューロを座らせた。


「さあ!エセウスは出しなさい!」


「ハッ!」


 御者台に乗ったエセウスは、そう返事をすると、馬に発進の合図を送る。


 馬車が走り出した時、ヒューロは窓から身を乗り出し、父ヴァルハットに向かって手を振る。


「父さん!俺!絶対みんなを幸せにする騎士になるから!父さんも元気でね~!」


 そんなヒューロに対し、ヴァルハットはただ力強く、「おう」と答えるだけだった。


「別れの言葉はいいであるか?」


 椅子に座り直したヒューロにセプティマイオスはそう問いかける。


「はい!」


 にっこりと笑顔でヒューロは答えた。





「リューネ、やはりお前の言った通りになったよ」


 一人取り残されたヴァルハットは誰に聞かせるでもなく、そう呟くのだった。





 ミナタに向かう馬車の中、ヒューロ達は雨に襲われていた。


「そうだ、ヒューロ君。先程はなあなあになってしまったが、私に魔法を見せてくれるかな?」


「ええ、いいですよ。どんなのがいいですか?」


「そうだなあ。じゃあ、『黒獅子』に関する奴らを集めてもらうことは出来るかな?」


 あまりにもピンポイントな要望に、ヒューロは一瞬眉を顰める。しかし、それは国のためなのだなと思うと、「分かりました」と返事をする。


(どうしようかな?丁度雨降ってるし、そうだ!)


 ヒューロはひとしきり考えると、何かを思いついたかのように手の平を拳で打つ。


「ではいきます。コホン“雨よ!触れた物の中から、黒獅子に関する情報を持っている者を炙り出せ!”」


 空に向かって指を差し、そう唱えるヒューロ。すると、眩い光が彼の指先から放たれ、雨雲に向かって行く。


「ほう、面白いことを考えましたね・・・・・・ってヒューロ君!?」


 ヒューロはセプティマイオスの隣で気を失っていた。広範囲に及ぶ魔法の使用がかなりの負担になったらしい。彼はそのまま白目を剥いていた。


「やはり、万能の力ではないですか」


 そうセプティマイオスは呟き、再び雨空を見上げる。


「はてさて、一体どんな結果が現れるか・・・・・・」


 その後、ミナタの騎士団支部に数人程度が意識を失い倒れているのが見つかった。

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