#21「VSジョナサン&シーナ その3」

 時を遡ること数分前、魔法によって照らされた広間にて二人は睨み合っていた。


「小僧、貴様中々やるではないか」


「おっさん、あんたもな」


 二人はその間にしか分からぬ読み合いを始めた。


 モーリスは頭の中でいくつもの戦闘パターンを想定する。


(さっき何度か斬り合ったけど、力は俺の方が上だ。けどなんだ?奴のただならぬ雰囲気は・・・・・・。まるで奥の手でも隠しているような・・・・・・)


「来ないのか?でなければこっちから行くぞ!」


 そうこう考えている内に、ジョナサンは考えがまとまったらしい。そう言うと前傾姿勢のままモーリスに突進を仕掛けてくる。それを剣で迎え撃とうとするモーリス。しかし、相手の剣がローブに隠されており、剣筋が見えない。それ故にどうしても後出しで対応せねばならない。


(どこから出て来る?)


 どこからでも攻撃が出て来ていいように剣を構えるモーリス。更にしゃがむことによって全体の的を小さくすることにした。


「ほう、考えたものだな・・・・・・。だが、これが躱せるかな?」


 走りながらそう言うと、ジョナサンは剣をそのローブから突き出した。狙いはモーリスの右太ももである。


 斬りかかられたモーリスは反射的に剣を動かし、その凶刃を防ぐ。ジョナサンは弾かれた勢いのまま再び後ろに飛びのく。


「最初の時といい、貴様中々反応が早いな」


「そりゃどう・・・・・・も!」


 モーリスはそう言いながら斬りかかる。いきなりの攻撃にジョナサンは少し驚いた様子を取るが、すぐさま迎撃の構えを取る。恐らく長年の戦闘経験からなる切り替えの早さであろう。


 再び鍔迫り合いになる二人。ジョナサンが片手で受け止めたということもあり、モーリスは自らの膂力を頼りに押し切るつもりでいた。


「うおおおお!」


「ぐがああああ!」


 モーリスのあまりの力強さにジョナサンも思わず声を荒げる。


 金属同士が擦れ合う音を立て押し合う二人。しかし、先にジョナサンの身体がミシミシと鈍い音を鳴らし、限界が近いことを告げる。しめた、そう思ったモーリスはこのまま更に力を込めた。


 しかし次の瞬間、モーリスは腹部に鈍痛を感じ、思わず地面に膝を着いた。そして剣を落とし、腹部を抑える。


(な、なんだ!?何を食らった!?まるで鉄の塊みたいな・・・・・・)


 敵にこれほどの膂力はないはず。それは斬り合ったモーリスが一番よく分かっていた。しかし、腹部の痛みが、それが事実だと物語っていた。


 そんなモーリスを見下していたジョナサンは、トドメを刺すべく追撃を始める。モーリスは反射的に、振り下ろされた剣を避けるが、今度は頭部に重い衝撃を受けた。


「がッ!」


 痛みに耐えながらも、次の攻撃を回避しようと敵を見上げるモーリス。すると、敵の刃は眼前まで迫ってきていた。


 何とか反応し、横に転がり攻撃を躱すモーリス。仰向けになった瞬間、今度はジョナサンが馬乗りになって刃を喉元に向かって振り下ろし始めた。


「終わりだ、小僧!」


「モーリスーーーー!」


 横からは敵の一人を倒したヒューロが、倒れながら彼の名を叫んでいた。


 何とかせねばと考えを巡らすモーリス。極限の状況なのか周囲がゆっくりと動いて見える。


(何とか、何とかしなきゃ!)


 焦るモーリス。しかし刃は止まることなく自らの喉元目掛けて振り下ろされていく。


 ――その時である。モーリスは右脚に強烈な雷が流れる感覚に襲われる。


「うおおおお!」


 それを感じ取ったモーリスは思いっきり地面を蹴りつける。すると、巨大な爆発音にも似た音が炸裂し、モーリスとジョナサンは空中に飛び上がった。


「な、なんだこれは!」


 思わぬ出来事に、空中でバランスを崩すジョナサン。モーリスはそれを見逃さなかった。空中にも関わらず、彼の左腕に組み付き、握っていた剣を落とさせた。


「ぐがああああ!」


 あまりの痛みにジョナサンは叫び声をあげた。たまらず右手でモーリスの脚を殴る。モーリスは痛みに足を解いてしまった。


 そして二人は地面に落ちる。


 二人はそれぞれ受け身を取ったままお互いに睨み合っていた。


 広間に響く呼吸音から、互いの息が切れていることが分かる。


「な、何だったんだ今のは・・・・・・」


 モーリスは自らの身体に起こったことを未だ理解できずにいた。右脚を見やると、シューと煙が上がっている。先程まで倒れていたところには小さいクレーターが出来ていた。


 視線を戻すと、彼の前に黒いローブがひらひらと舞い落ちてきた。さらに奥に焦点を合わせると、ようやく戦っていた相手の姿形が見えた。


 黒い髪に鋭い目つき、筋骨隆々な逞しい体付きをしている。ただ一つ彼が異彩を放っている箇所があった。それは彼の右腕、特に手首から先である。本来なら右手があるはずだが、彼の場合は違った。彼の場合、黒い鉄の塊が拳を模して付けられていたのである。


「通りでパンチが重いわけだ・・・・・・」


「敵に姿を見られたのは貴様が初めてだ。まさか小僧相手にこの拳を、“鉄拳”を見られることになるとはな・・・・・・。まあいい、種が割れたとて貴様に勝ち目はない!」


 そう言うと、ジョナサンはモーリスに殴りかかる。顔めがけて飛んでくる右腕に対して、モーリスは腕をクロスにして受け止めようとする。が、衝撃を受けたのは腹部の方であった。


「グフッ」


「そりゃあこの“鉄拳”を警戒するよなあ!」


 モーリスの腹部にはジョナサンの左腕がめり込んでいた。あまりの衝撃に意識が飛びかける。だが、ここで気を失ってはダメだと自らに言い聞かせ、何とか耐える。


 次にモーリスがジョナサンの顎に右拳を入れた。これにはジョナサンもたまらず気を失いかける。しかし、これを意地で耐え、もう一度右拳を振るう。これに負けじとモーリスも拳をぶつけた。


 互いが互いの威力で後ろに吹き飛ぶ。しかし、モーリスが一方的にダメージを受けているのは明白であった。右手を抑え、敵を見据える。


 女の子の笑顔が頭に浮かんだ。


「てめえにだけは、絶対負けねえ!」


 それに応じ、ジョナサンも叫んだ。


「俺の正義に掛けて貴様には絶対に負けん!」


「てめえのどこに正義があんだよ!」


 モーリスは駆け出した。家族の笑顔のために、子供の未来のために。


 もう拳は使えない。恐らく骨が折れているであろう。ならばと次は蹴りを繰り出す。


「無駄なあがきを・・・・・・。その足も殴り壊してやる!」


 ジョナサンは“鉄拳”で迎え撃った。


 ――だが、モーリスの蹴りは威力が違った。


 パキャッと乾いた音がしたかと思うと、ジョナサンの“鉄拳”が砕け散った。その勢いのまま後ろの壁まで飛ばされていった。ドンッという鈍い衝撃音の後、「ガハッ」とジョナサンは声を漏らした。


「馬鹿な、俺の“鉄拳”が負けただと・・・・・・。いや、まだこれからだ」


 ジョナサンはちらと視線を横に動かすと、不敵な笑みを浮かべる。なんと、彼の傍に剣が落ちていたのである。ジョナサンはそれを拾い上げた。


「やはり神は私に微笑むらしい。お前らではなく、この私たち“黒獅子”にな!」


「“黒獅子”だか“ジジイ”だか知ったこっちゃねえ!てめえらの悪事はここで終わるんだよ!」


「何とでも言うがいい。この場において、最後に立っている者が正義だ!」


 二人はじりじりと円を描くように間を取り始めた。恐らく次のやりとりが最後になるであろう。


 先に均衡を破ったのはモーリスであった。モーリスはジョナサン向けて一直線に走り出す。


「それを待っていたぞ!小僧!」


 ジョナサンは間合いに不用心に入ってきたモーリスへ向けて剣を振るった。しかし、モーリスは反撃するわけでもなく、ただただ攻撃を食らった。慣性のまま交差する二人。こうして、互いが背を向け合う状態になった。


「俺も、それを待っていた」


「は?」


 次の瞬間、素早い、あまりにも素早い回し蹴りがジョナサンの胴体を襲った。ベキベキと骨の砕ける音が聞こえる。ジョナサンはそのまま吹っ飛び、壁をも突き破っていった。そして、外に生えていた巨木へぶつかると、そのまま意識を失った。


「油断するよな、攻撃が決まった後って・・・・・・」


 それを見届けたモーリスはそのまま気を失い、倒れこんだ。


 こうして、最後に勝ち残った正義はモーリスとなったのであった。

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