#20「VSジョナサン&シーナ その2」

 ヒューロは右手で傷口を抑え、剣を支えになんとか立ち上がった。ぱっくりと開いたそれからは、じわじわと血が滲んできて、服に赤黒いシミを作っていた。


(魔法が効かないなら・・・・・・)


 そう彼は考えると、傷口を抑えていた右手を剣の柄に戻し再び構える。その様子を横目で見ていたシーナはすぐさま警戒態勢を取り、同じく剣を構えた。


「坊や、まだやる気かしら?」


 呼びかけには応じない。ただ黙って剣を構え、眼前の敵を睨みつけているこの状況こそが答えなのだから。


「そう、なら私から行くわ」


 シーナは静かにそう言うと、切っ先を構えヒューロに突進していく。


 ヒューロは彼女の動きを何とか目で捉え、反射的に半身になって突きを躱す。しかし彼女はすぐさまそれに反応し、剣をヒューロの方向へ斬り返す。ヒューロもそれに反応し、何とか持っていた剣で弾いた。二人は弾かれた勢いでお互い力の逃げる方向に後退る。


「中々やるわね。でも次は上手くいくかしら。その傷、中々痛そうね」


 ヒューロの中に策はあった。しかし、腹部の傷が彼を追い込んでいるのもまた事実。現に彼は全身の感覚が傷口に集中し始め、手足の先の細かい部分までそれを行き渡らせることは出来ずにいた。だが、彼の脳裏にはそれでも攫われた女の子がよぎっていた。


「確かに痛い。痛いよ。だけど、こんな痛みで、こんな痛みで引き離された親子全員の痛みの代わりにはならない!だから、俺はお前を倒してもうこんなことが二度と起きないようにする!これは願いだ!そして、俺の覚悟だ!」


「熱くなるのは勝手だけど、ごめんなさい。私には貴方の言っている意味が全く分からないわ」


「分からなくてもいい!そんなことはどうだってもいい!だけど、家族を無理やり引き離すのは間違っている!」


「どうしてそんなことが言えるのかしら?」


「お前には分からない!分かりっこない!お前には・・・・・・!」


 そう叫ぶヒューロの脳内には在りし日の記憶が蘇っていた――。





「父さん、なんで母さん居なくなっちゃったの?」


「母さんはな、遠い所へ行ってしまったんだ」


「遠いところ?」


「ああ、遠いところだ。でもいつか帰って来る!きっとな!」


「うん!分かった。でも寂しいよ・・・・・・」


「ああ、父さんもだ・・・・・・」


 そう言って撫でる父の手は、とても大きく、温かかった――。





「お前に分かるもんか!家族と離れ離れになる残された物の気持ちが!」


 そう叫びヒューロは剣を構え走り出す。


「お前こそ!私の何が分かる!」


 シーナもそれに呼応し走り出す。


 二人の距離は見る見るうちに縮まっていく。その間は刹那的なものであったが、二人には遥かにゆっくりに感じられた。肌を流れる空気、聞こえて来る相手の足音、近付く呼吸。それは明らかに二人の全身全霊が込められているのが分かる。


 この一撃で決まる――。


「うおおおお!」


「はああああ!」


 二人は剣と剣を交わらせようとする。しかし、その直前、ヒューロが口を開いた。


「“弾け”!」


 次の瞬間には互いの剣は激しい金属音を響かせ交差した。


 そして シーナは後方に吹き飛んだ。


「な、なんだ!この威力は!?」


 そう叫んだのも束の間、彼女は床に頭を打ち付け、そのまま意識を失った。そしてその勢いでローブがはらりと宙を舞い、彼女の正体が明らかになる。それは青がかった髪の美しい女性であった。


「はあはあ、魔法が効かないなら、魔法を掛けなければいい。そして自分に掛ければいいんだ・・・・・・」


 ヒューロは疲労と痛みのあまり、剣と自らの身体を床に落とした。


(だ、だめだ・・・・・・。もう体が動かない・・・・・・。そうだ、モーリスは?)


 それでも何とか頭を動かし、視線をモーリス達が戦っていた方へ向ける。


 ――そこには、馬乗りにされ、今にも剣先を喉元に突き立てられそうなモーリスがいた。

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