#18「忍び寄る影」

 己の身一つで敵と相対することを宣言したモーリスは、その宣言通り襲い来る敵を次から次へと蹴散らしていった。その姿はまるで暴れ回る鬼のようであった。大の大人をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返し、あっという間に襲い掛かってきた敵全員を伸してしまった。


 ヒューロとヤンはというと、後方でただただその光景を眺めているしかなかった。


「モーリス君って、あんなに強かったんだべか?」


「脚を悪くする前に取っ組み合いの喧嘩とかもしたけど、ここまでじゃなかったような・・・」


 モーリスの暴れっぷりに呆気にとられ、二人はそんなことを口にしていた。


 当のモーリスはというと、気絶している敵の装備を剥ぎ取りどれが良いかと吟味をしていた。


「モーリスってこんな強かったの?」


 たまらずヒューロはモーリスに問いかける。すると、モーリスは武器を選び終えたのか、ヒューロの方を振り返り、ニコッと笑って答えた。


「いや~、なんか足治ってから調子いいんだよね。こうパワーが漲るっているか、グワーッと内側から炎が燃え滾るみたいにさ、全身の感覚が研ぎ澄まされるんだ。これも魔法のお陰かな?」


「俺特にそういうのはかけてないと思うけどな・・・」


 心当たりがないヒューロは顎に指を当てながら、記憶の引き出しを探る。しかしそういった記憶が無く、すぐさま否定する。


「そっか、お前じゃないのか」


「うん」


「オーケー。まあ、ここで話し合っても何ともならないだろうから、とりあえず下に行くか」


 今は非常事態である。これだけ騒ぎを起こしたのだから、増援が駆けつけてくるかもしれない。そう三人は考え、ひとまず階段を降りることにした。


 下に降りてみると、そこの大部分は広間であった。軽い舞踏会ぐらいなら開催できるかもしれない程の広さを誇っている。そこには乱雑にテーブルと椅子が並べられてあった。部屋を仄かに照らす蝋燭がそれを視認させてくれる。


 階段を降りてきた正面の壁に大きな扉があり、窓が外の景色を映しているところから、恐らく出口だと思われる。右側の壁にも扉が付いており、そこから先程の敵が出てきたものと思われる。


「人の気配は・・・。うん、なさそうだな」


 先頭を切ったモーリスが慎重に辺りを見渡しながらそう呟く。それに後ろの二人は頷き、それでも剣を構えながら警戒をする。


 しかし、そんな三人の心配も裏腹に、案外あっさりと出口まで辿り着くことができた。


「良かった。あれで全員だったみたいだね」


「ああ。そうだな」


「良かったべ」


 三人はそれぞれ安堵の声を漏らす。そしてヒューロがドアノブを掴み、回すと、彼の視界の端に何かが倒れて来るのが見えた。それに驚き、ヒューロは手を引っ込める。


「うわ、なんだ!?」


 ヒューロは思わず驚愕の声を上げる。そして倒れた人の顔を覗き込むと、その人物が何者か判明する。


「コイツ、女の子を攫ったやつだぜ?」


 横からヒョイと顔を覗かせたモーリスが言った。


「ほんとだ。ってあれ・・・」


 その男を注視したヒューロがあることに気付く。それを確かめるため、ヒューロは男の首筋に手を当てた。


「この人・・・、死んでる」


「なに!?ってかコイツ、どこから・・・。そういやさっきまでいなかったぞ」


 三人は突然の出来事に戦慄する。突如現れた誘拐犯の男。そしてそれがもう動かないこと。様々な思考が三人を駆け巡るが、真っ先に出た答えは三人とも一致していた。


「とにかくここを出よう!」


 ヒューロは慌てて、ドアノブに手を掛ける。


「無駄だ。いずれお前等もそうなる」


 三人の背後から酷く冷たい女の声が聞こえてきた。


 それに驚き、三人はゆっくりと後方に振り返る。すると、広間の闇の中からゆらりと二つの影が現れた。その影は黒いローブを身に纏っており、何者か判別することができない。


「無駄だってどういうことだよ!」


 その影に向かってモーリスが吠える。


「俺等の存在は知られてはならん。故に貴様らにも消えてもらう」


 もう一人の影がそう言うと、モーリスはあることに気付く。


「この声・・・。あの時の騎士か!」


 モーリスが叫ぶと、影の一人が身を少し震わせ、「フフフッ」と嘲笑った。


「声だけでよく分かったな。面白味の無い奴だ。まあいい、知ったところで無駄だからな」


 そう男が言うと、二つの影は再びゆらりと闇の中へ消えていった。


「来るぞ!構えろ!」


「うん!」


「え?」


 そうモーリスが言うと、ヒューロは頷き、ヤンは間抜けな声を出した。


 ヒューロとモーリスが剣を抜いた次の瞬間、闇の中からぬるりと二つの剣先がヒューロとヤンを襲った。


「おっさん、あぶねえ!」


 迎え撃つ準備のできていなかったヤンをモーリスが剣を交え庇う。ヒューロも同様、刃を交え攻撃を防いだ。


「ほう、まずは大人をと思ったが、小僧・・・。やるな」


「あ、ありがとうモーリス君」


 ヤンの情けない声が広間に響き渡る。


(このおっさん、ダメだ。この場にいたらやられる。なら・・・)


「おっさん!ここから逃げて応援を呼んできてくれ!」


「で、でも。また騙されたら・・・」


「ドーガーさん!ドーガーさんを呼んで!昼間に検問してた人!」


 ヒューロも鍔迫り合いをしながらヤンにそう叫ぶ。


「わ、わがった!」


 ヤンは勢いよく立ち上がると、ドアを開けにかかる。それを見ていた男は、モーリスとの鍔迫り合いをするりと抜けると、ヤンに襲い掛かる。


「逃がしはせん」


「させるか!」


 ヤンを襲う切っ先を再びモーリスが刃で受け止める。


「おっさん!早く!俺らが抑えてるうちに!」


「ああ!」


 今度こそヤンはドアノブを回し、ドアを開けようと試みる。すると、ドアはガチャと心地の良い音を立て、勢いよく開け放たれた。


 ヤンはすかさず走り出す。


(ヒューロ君、モーリス君、すまない!大人のワシが不甲斐ないばかりに・・・。でもこれだけは、この使命だけは必ず守るから!だから、それまで耐えててくれ!)


 二人の行く末を祈りながら。

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