#15「衝撃」

「確かに見たんだね?」


 ヒューロが息を切らしながら、先を行くモーリスに問いかける。


「ああ、確かに見た!黒いローブの男が女の子抱きかかえてた」


 ヒューロとは対照的に、モーリスは全く息が乱れていない。馬車を飛び降りてから数分、全速力で走り続けているのにもかかわらず。


 左右上下どの方向もくまなく探すが、モーリスの目には何も引っかからない。


「確かにこっちに行ったはずなのに・・・」


 足を止め、辺りに耳を澄ますモーリス。しかし聞こえて来るのは、後ろから聞こえて来るヒューロの足音だけだった。


「ど、どうしたの?」


 モーリスに追いついたヒューロは膝に手を付き、肩で息をしながらモーリスに問いかける。耳を澄ましたままのモーリスはその問いには答えず、ただ黙って目を瞑っている。


「モーリス?」


 微動だにしないモーリスの傍に近寄ろうとヒューロが足を前に踏み出したその時。


「ヒューロ!後ろだ!」


「え?」


 ヒューロが後ろを振り返った瞬間、闇からにゅっと伸びてきたナイフが、その首にあてがわれた。

 

「ほ~、感が良いな貴様」


 ゆらりと闇の中から現れた影は徐々にその姿をあらわにしていく。松明の火に当てられ、その人物の顔も明らかになる。トカゲのような顔、特に鼻の横に付いたイボが印象的であった。


 その男はヒューロを腕の中に抱くように背後を取ると、静かに話し始めた。


「俺の気配に気付くとは・・・。貴様何者だ?」


「まずは自分の名前を名乗るのが道理じゃないのか?」


 謎の男に正面から啖呵を切るモーリス。男は「ヒヒヒ」と乾いた笑いを出した。


「あいにく、道理で飯は食っていけないのでな」


「その飯すら食えなくしてやろうか?キモゲス野郎」


 友人を捕らえられたという衝撃で、モーリスは自らの感情をコントロールできずにいた。


「誰の差し金だ?誰の命令だ?騎士団か?或いは個人か?」


 じわじわと迫りくるような口調で男は問い続ける。それと同じくしてナイフもじわじわと首に食い込ませる。皮がプツと千切れ、赤い鮮血がたらりとナイフの刃を伝う。それを見たモーリスは今にも大地を蹴り、男に飛び掛かろうとせん勢いで歯を食いしばる。


「さあ、言え!でなけりゃコイツの首を・・・」


 男がそう言いかけたときだった。腕の中のヒューロはニコリとモーリスに笑いかけた。


「衝撃よ・・・」


 ボソッとヒューロが呟いた瞬間、彼の背後にいた男は顎部に衝撃を受け、後ろに吹き飛んでいった。


(な、何だ!)


 男がそう思うが先か、意識の幕切れが訪れた。


 

 男が意識を失ってから数分後、彼は体を何者かに揺すぶられ目を覚ました。彼の視界に最初に飛び込んできたのはヒューロとモーリスであった。


 男はその場から離れようと藻掻くが、意識を失っている間に木に括りつけられたらしく、身体が動かなかった。


「何が・・・、起こったんだ・・・」


 男がぽつりと呟いた。しかし二人はそれに答えることなく、男ににじり寄る。


「お前、連れてた女の子はどこにやった」


 モーリスが低くドスの効いた声で男に問いかける。ヒューロはしゃがみ込み、足元に落ちていた手頃な枝で男の顔をツンツンと突いていた。


「ケッ、誰が喋るか」


 男はそう吐き捨てるとそっぽを向いた。どうやら話すつもりはないらしい。


「だ、そうだ」


 モーリスはヒューロに顔を向けそう告げる。一方のヒューロはそれを受けて、フ―ッと息を吐いた。


「じゃあ、しょうがないな」


 そして手に持っていた枝を男の眼前に突き付ける。


「あんまり使いたくなかったけど・・・。”話せ”!」


「だから誰が話す・・・。む、むぐ!」


 否定しようとしていた男は、勝手に動く口に違和感を覚える。しかし、彼にはどうすることもできない。ただ口が動くままに筋肉を任せるしかなかった。


「女の子はすぐそこの茂みに置いて来た。気絶させてるから動かない」


 目線で近くの茂みを示した。そこにモーリスが行ってみると、確かに茂みの中に女の子がいた。


「いたぞ」


 女の子を拾い上げたモーリスはヒューロに彼女の安全を目配せで知らせる。


 ヒューロはその知らせを受けると、視線を男の元に戻し、もう一度問いかける。


「どこへ向かってた」


「アジトだ」


「それはどこにある?」


「ここから北東にしばらく進んだところだ」


「仲間は?」


「分からない。俺は入り口に獲物を置いてくるだけだ。そしたら次の日、家の前に金が置いてある。誰がいつ置いているのか分からない。前に遠目に見張ってたことがあるが、出てきたのは俺と同じローブを被った奴だった」


 男がそこまで口にすると、ヒューロは「そっか」と呟き立ち上がった。そして今の話をモーリスに伝える。すると、モーリスは少し考えた後口を開いた。


「取り敢えずヤンさんたちを待とう。俺等子供だけだと何もできない。いくらお前が魔法を使えたとしても、もし仮に大人数バラバラに出てきた場合持たないだろうしな」


「そうだね。モーリスがいてくれてよかったよ!じゃないと、俺一人だと今頃・・・」


 始めこそにこやかに話していたが、後半になるにつれヒューロの瞳はどこを見ているのか分からなくなっていた。


「いい、お前はそれで。ブレーキを掛けるのは俺だ。だからそんな顔すんなって!」


 そう言いながらモーリスはヒューロの背中を叩く。ヒューロは痛がりながらも笑って返した。


「とりあえず、この子をなんとかしないとな。でも帰ろうにも道分かんなくなっちまった」


「そうだね。あ、それなら任せといて!」


 ヒューロはそう言うと、枝を地面に向けて指した。


「なあ、さっきから気になってたけど、なんでその枝持ってんだ?」


「あー、えっとね、さっきたまたまこれを魔法使いの杖みたいに使ってみたら、すっごくすんなり魔法が出たんだ。それになんか疲れづらくもなってるみたい。二回も魔法使ったのに、あんまり疲れてないだ。だから使ってるの」


 ヒューロの説明に、「そっか」とだけ返しモーリスは顎に手をやり考え事を始める。そして数秒後に考えがまとまったのか、顔を上げモーリスに話しかける。


「その枝が緩衝材兼魔法の力を増幅させる役割を果たしてんのかな」


 モーリスの考えを受け、ヒューロも少し考える。


「そうかもね。やっぱりまだまだ分かんないことだらけだ・・・」


「そうだな。これから一緒に考えていこう。それより、今はこの子何とかしねえと」


「そうだったね。じゃあ、いくよ。“光よ我が足跡を照らせ”!」


 ヒューロが地面に向けてそう唱えると、地面に光でできた足跡が現れる。


「これを辿れば帰れるはずだよ」


 ヒューロは力を使い過ぎたのか、少し疲れた様子で呟く。


「相変わらずスゲーな。じゃあ、俺はこの男を連れて行くから、お前は女の子を頼む」


 モーリスは男の縄を逃げられないように外し、そのまま担ぎ上げた。ヒューロは、「分かった」と言うと女の子をおんぶし、モーリスと共に歩き出した。


 それからしばらく光の足跡を辿ると、開けた道が出てきた。


「フー、やっと元の道に戻ってこれたな」


「そうだね」


 二人がそう話していると、道の先から灯りを持った馬車が二台近付いてきた。


「おいヒューロ、光を消せ」


 ヒューロの耳元でそう囁くモーリス。ヒューロはそれに従い、光の足跡を消した。


 先頭の馬車が二人の目の前まで来ると、御者台に乗っている人物が見えた。それはヤンであった。


 ヤンは二人の姿を確認すると馬車を停めた。すると、もう一台の馬車も停まり、そこから二人の騎士が出てきた。


 二人のうちの一人が話しかけて来る。


「君たちかい。人攫いを探しているのは」


「そうです。んで、捕まえました。コイツです」


 モーリスはそう言うと、男を片手でひょいと騎士の前に差し出す。そしてヒューロが他にも仲間がいること、そしてアジトの位置を話した。


「何?そうか、ご苦労であった」


 騎士は男の身柄を引き取った後、馬車の客車部分に乗せる。そしてもう一人の騎士がその騎士に近付いて話しかけた。


「こちらは大丈夫です」


 声から察するに女性の騎士らしかった。ここロークバルト王国の騎士団は実力主義のため、男女関係なく騎士になることができる。彼女も類まれなる努力と才能の持ち主なのだろう。


「そうか分かった」


 騎士はそう言うと、二人に向き直った。


「諸君らは子供ながらにここロークバルトを悩ませている事件の解決に助力してくれた。心ばかりの礼だ。二人とも目を瞑ってくれ」


 二人は目を瞑り、ワクワクしながら待つ。


 しかし、二人に与えられたのは、腹部の衝撃であった。


「が!な、なんで・・・」


 あまりの衝撃にヒューロは目を開け、二人の騎士を睨みつける。


「お前たちは知り過ぎたんだよ・・・」


 男の騎士がそう言うと、二人の意識は遠のいて行った。

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