#14「パンプキンパイ」

 自称魔法使いのショーを見終わったヒューロとモーリスは、当初の目的であったフォンスの元へと向かっていた。

 

 中央広場を抜け、東側へ向かって歩いて行く。日はもう落ちかけていて、辺りは薄暗くなってきていた。空では帰宅の時間を告げるようにカラスが鳴いてる。


「もうすぐフォンス爺ちゃんの家だよ」


 現在二人がいるところから、裁判所を通り過ぎればそこはもうフォンスの家である。


 二人が話をしながら裁判所の前を通った時であった。


「おお、ヒューロ君」


 年老いた男性が裁判所の中から出てきてヒューロを呼び止めた。


「あ!フォンス爺ちゃん」


 フォンスと呼ばれた老人は杖を突きながらヨタヨタと二人に近付いてくる。今にも倒れそうなその老体を心配に思い、二人も歩み寄るのであった。その配慮にフォンスは「大丈夫じゃよ」と一言断りを入れた。


「こんなところで何してたの?」


 ヒューロはフォンスに問いかける。それにフォンスは後ろを振り返りながら答えた。


「とある裁判を見ていての・・・」


「そうなんだ」


 ヒューロは軽く頷く。そして思い出したかのようにカバンに手を伸ばすと中から包みを取り出した。


「そうだ爺ちゃん、これ、父さんから」


「おお、ありがとう。そろそろ来る頃だと思ったよ」


 フォンスは包みを受け取ろうとするが、ヒューロは「家まで持って行くよ」と言って、再びカバンの中にしまった。


「そうかい。すまないのう。ところで君は・・・」


 フォンスはヒューロの傍にいたモーリスに向き直り問いかける。


「モーリスです。モーリスハフノン」


「おお、君があの・・・。ヒューロ君から話はよく聞いておるよ。そうかい、二人ともシュレームからよく来たねえ。そうだ、家で休んでいくといい」


 フォンスは二人の苦労を労い、家へと招く。しかし、それにヒューロは首を横に振って答えた。


「ごめんなさい。ありがたいけど、もう遅いからまた今度にするよ」


「そうかい。残念じゃのう。じゃが渡したい物があるんじゃ」


「じゃあ、これを届けに行くついでに貰っていくね」


 ヒューロの提案にフォンスはにっこりと笑い「そうするといい」と二人を見て告げた。


 こうして三人はフォンスの家へと向かうのであった。


 歩いて数分もすると、立派な庭付きの家が見えてきた。


 鉄格子の門扉を抜けると、そこにはまるで天国のような景色が広がっていた。玄関に向かって右側には色とりどりの花々が咲いており、三人を出迎えていた。左側には池が広がっており、これまたいら鮮やかな魚たちが泳いでいた。


 そんな光景を見ながら歩いていると、あっという間に玄関まで来てしまっていた。フォンスは慣れた手つきでカギを外し、木製のドアを開けた。


「さあ、入っておくれ」


「お邪魔しまーす」


 二人は声を揃えてそう言うと、フォンスに続き入っていく。


 リビングまで行くと「そこの上に置いてくれていいよ」とテーブルを指差して言った。直ぐに包みのことだとわかると、ヒューロはテーブルの上にそっと包みを置いた。


 リビングの中には見たこともないような大小さまざまな機械が置いてあり、二人の好奇心をくすぐるのには十分であった。


「ホッホッホ、気になるかい?」


 興味津々にそれらの機械を眺めている二人を見て、フォンスはまるで孫に喋るかのような声音で話しかけた。


「凄いねこれ」


 ヒューロは、なにやら左右に鉄球が揺れている装置を眺めそう呟いた。鉄球の動きに合わせヒューロの目も左右に動く。


「ああ、それは・・・。まあ、話すと長くなるのう」


 フォンスは目を細めながらそう話す。何やら思う所があるらしい。


「そう言えば爺ちゃん、渡したい物って何?」


 機械に呆気に取られていたヒューロは、目的であったものを思い出しフォンスに問いかける。


「そうじゃ、忘れとった。最近物忘れが酷くっての・・・。え~、どれどれ・・・」


 フォンスはそう言うと、キッチンによぼよぼと歩いて行きテーブルの上に置いてあるバスケットを取ってきた。


「ほれ、焼きたてのパンプキンパイじゃ。そろそろ来る頃と思って先に焼いていたんじゃ。ヒューロ君の好物だと思っての。折角だから二人で分けて食べなさい」


「ありがとう爺ちゃん!あれ?でも俺パイが好きだって爺ちゃんに言ってたっけ?」


「年寄りは変なところに詳しくての」


 フォンスはホッホッホと笑いながら長い顎髭を弄る。まるで何かを含めたような言い方にモーリスは違和感を覚えた。


(この爺さん、何もかもタイミングが良すぎるな。でも不思議と悪い気はしねえ)


 モーリスは視界の端で、喜んでいるヒューロとそれを見て微笑んでいるフォンスを見ながら、一人そう思うのであった。


 フォンスからの贈り物も受け取り、これで全ての用事を済ませたヒューロ達はフォンスに別れを告げた。そしてシュレーム村に帰るため、ミナタの西門で待っているヤンと合流する。


「おお、もう用は済んだべ?」


「うん!」


「じゃあ、村に帰るべ」


 三人は馬車に乗り込みミナタの門を潜り抜ける。空はもう薄暗くなっており、そろそろ月が顔を覗かせる準備をしていた。


 馬車の中ではヒューロとモーリスがパンプキンパイを食べようと分けあっていた。


「じゃあ、食べようか!シセル様今日もお恵みをありがとうございます。頂きます!」


 シセル教の祈りを捧げ、ヒューロはパイを食べ始める。それに合わせモーリスも「頂きます」とパイを口にした。


「うめー!」


「美味しいね!」


 二人は口一杯にパイを頬張る。客車の中にはほんのりと甘く香ばしい匂いが漂っていた。


「ヤンおじさんにもとっておこう」


「そうだな」


 そんな話をしながらパイを食べていると、ヤンが客車部分の二人に告げる。


「そろそろ昼隠しの森に入るべ。暗くなるから気を付けるべよ」


 そうヤンが言うと、辺りが一瞬にして暗くなった。元々薄暗かった景色がより一層静けさを増す。頼りになるのはヤンが掲げる松明からほんのりと漏れ出る灯りだけであった。


「相変わらず怖いね」


「そうだな」


 モーリスが窓の外を眺めながら言ったその時である。


「ヤンさん!止めて!」


 モーリスが何かに気付き、大声で叫んだ。その声を聞いて慌てて馬を停めるヤン。馬も急にブレーキの合図を受けたためか、ヒヒーンと嘶いた。


「ど、どうしたべ!?」


「どうしたの?」


 ヒューロとヤンはモーリスに問いかける。


「い、今女の子が・・・。いたよなヒューロ」


「え、そんなの真っ暗で何も見えなかったよ!」


「ミナタにいた女の子だよ!家と家の間で落書きしてた!確かにそうだった。誰かに連れさられてたみたいだった。追わなきゃ!」


 モーリスは言うが早いか馬車から飛び出した。


「あ!待って!」


 ヒューロは手を伸ばすも、もうモーリスには届かなかった。闇の中に消える前にと、ヒューロも馬車を飛び出し、御者台の前に躍り出る。


「ヒューロ君!どこ行くんだべ!」


「モーリスを追いかける!ヤンおじさんは急いで大人の人を連れてきて!あと、松明一本貸して!」


 そうまくし立てると、ヒューロは松明に火を点け、モーリスの後を追って行った。


 こうして二人の少年は暗闇へと姿を消してしまった。

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