#13「もう一人の魔法使い」

 門を潜り抜けると、そこには喧噪が待ち受けていた。道行く人々の話し声、笑い声、怒号など様々な人間性が渦巻いている。


 ヒューロ、モーリス、ヤンの三人はミナタの西門から続いている大通りにいた。


「二人とも悪いが、ここからは歩いて行ってくれるか?馬たちを休ませにゃならん」


 そう言うヤンの視線は疲れ切っていた馬へと向けられていた。ここまでの道のりを約二往復と片道一回分も歩いて来たのだ。疲れ果てていても当然である。その様子を見て取った二人は「うん」と頷いた。


「じゃあ行こうか!フォンス爺ちゃんの家はこっちだよ」


 ヒューロはモーリスの手を取り、意気揚々と大通りを進む。モーリスは久しぶりの駆け足に慣れずにいるのか、足がもたついていた。


「ちょちょちょ待てよ!一人で歩けるから!それに焦んなくてもフォンス爺さんの家は逃げねえよ!」


「帰りも送ってやるからな。ここで馬たちと待ってるべ」


 ヤンは駆けていく二人の背に大声で呼びかける。それを受けて二人は「はーい!」と仲良く返事をしたのであった。


 立ち並ぶ店を横目に二人は大通りを歩いていく。途中そこかしこから漂ってくる食べ物の誘惑に耐え切れなくなり、お小遣いを削り小腹を宥めていた。


 しばらく歩いていると二人はミナタの中央広場へと辿り着いた。すると、そこには人だかりができており、何やら賑わっている様子であった


「なんだろう?行ってみよう」


 ヒューロは人だかりの理由を知りたくなり、広場の中央へ向かうことにした。人混みをかき分け前へ前へと進んで行った。モーリスもそれに付いて行く。ある程度進むと、ようやく視界が開けた。そこにいたのは、顔の半分を覆う仮面を被った一人の男であった。仮面にはにやりと口元が歪んで微笑んでいる顔が半分描かれていた。


 ひとしきり人が集まったのを確認すると、男は両手を掲げ大声で話し始めた。


「紳士淑女の皆々様!ごきげんよう!私は世界各地を旅するしがない魔法使いです。今日はここにお集まりの皆様に魔法をご覧に入れて差し上げましょう!」


 男がそう声高らかに宣言すると、周りからは拍手が沸いた。


「魔法使いだってさ。ここに本物がいるのに」


 モーリスはにやりと笑ってヒューロを小突く。それに対しヒューロは「まあまあ、観てみようよ」とモーリスに言い聞かせる。


「しかし、この魔法使い、一人遊びは中々好きません。そこで、ここに集まって下さった皆様の中から一人、今日の戯れの相方を選ばせていただきます」


 男がそう言うと、観客はざわめきだした。「誰だ、誰だ」と辺りを見渡す観客たち。それを見た男は観客たちの注目を我が身に向けさせるように、パチンと指を鳴らした。


「相方はもう決めてあります。そこの少年!こちらへ来てくれるかな?」


 そう言って男が指差したのはヒューロであった。


「お、俺?」


 ヒューロもまさか自らが選ばれるとは思ってもいなく、困惑の色を見せる。観客たちの視線がヒューロに集まる。まるで「早く行け」と言われているかのように。


「ほら、お前だとよ」


 中々歩を進めないヒューロにしびれを切らしたモーリスは、微笑みながらヒューロの背を押した。


 前につんのめりながらも中央の男に向かって歩き出すヒューロ。周囲から視線が突き刺さり、歯がゆさを感じていた。


 男の元へ近づくと、男はヒューロの手を取った。


「やあ、少年。お名前は?」


「ヒューロです。ヒューロ・ヘッツェファー」


「ヒューロ君か。いい名前だ。ロークバルト王国の英雄から取った名前かな?」


 男はヒューロにだけ聞こえるような小さい声で話しかけた。そして「急にごめんね」と謝罪すると、観客たちの方へ体を向けた。


「さあ、今日は、この相方ヒューロ君に手伝ってもらいます!皆さま拍手を!」


 間髪入れずに周囲から再び拍手が鳴り響いてきた。それに照れたヒューロは「どうも!」と言いながら左右を見てぺこぺことお辞儀をする。


「それでは早速始めていきたいと思います」


 男はそう言うと、ヒューロのズボンの右ポケットを軽く二回、ポンポンと叩いた。


「これで彼のポケットには魔法が掛かりました。見ていてください」


 男は今度はポケットにおもむろに手を突っ込む。ヒューロはくすぐったいと感じ、身をよじらせた。

 

 男がポケットから手を出すと、なんとヒューロのポケットの中から花束が出てきた。


「彼のポケットは今花畑と繋がっております!」


 次から次へとポケットから花を出していく男。それを見て、ヒューロを含めた観客たちは「おお」と感嘆の声を漏らす。


「続いてはこちら」


 男は後ろにあった棚からナイフを取り出すと、いきなりヒューロの胸に突き立てた。


「うわあ!」


 ヒューロはあまりの出来事に悲鳴を上げた。同じく観客の方からも悲鳴が上がる。しかし、刺された本人は直ぐに違和感を覚える。


「あれ?痛くない・・・」


「そう!これは刺しても傷が付かない魔法のナイフにございます!少年痛くないだろう?」


「うん」


 そう言って男は何度もヒューロに刃を突き立てるが、ヒューロは痛がる素振りを全く見せない。その光景に観客たちは驚き、再び拍手を送った。


「ではまだまだいきますよ!」


 こうして男による魔法の披露は数十分の間続くのであった。


 最後の披露が終わると、男は観客たちに深々と頭を下げ、観てくれたことに感謝の意を表した。そしてヒューロに向き直ると、「今日はありがとう」と握手を求める。それにヒューロは喜んで応じた。


「これにて私の魔法の時間はお終いです!では皆さまごきげんよう!」


 男がそう宣言すると、観客たちからはその日一番の拍手が送られた。それと同時にお金を投げる客まで現れ始めた。

 

 そんな男に、ヒューロは最初から頭に浮かんでいた疑問を口にする。


「あなたも、本物ですか?」


 そうヒューロが聞くと、男は自らの口元に人差し指を当て、「さあ、どうでしょう」と一言添えた。そしてそのまま男は「片付けがあるから、もういいかな?あとこれあげるよ」と言って少しばかりのお金をヒューロに差し出した。


「いらないよ!」


「そうかい。君はいい子だね」


 そう言って男はショーの片付けに行ってしまった。


 謎の男による魔法の時間が終わった後、ヒューロとモーリスは再び目的地へと足を向けていた。


「いや~、凄かったな」


 最初こそあまり乗り気ではなかったモーリスだが、終わってみると、皆と同じように興奮冷めやらぬ様子であった。


「そうだね~」


 ヒューロも貴重な体験をし、ホッコリした気分になっていた。


 夕焼けが街を包む。流れる喧騒に身を任せ、二人は道を行く。ふと目をやれば、家と家の間で女の子が地面に石で絵を描いて遊んでおり、母親らしき声が晩御飯を告げている。また違う所に目をやると男の子が友達と遊んでおり、キャッキャと楽し気な声が聞こえてきた。


「俺、脚が悪くなってからミナタに来たことなかったんだよな。来たのもちっちゃい頃で、記憶なんてないから初めて来たようなもんだけど、すっげえ楽しい」


 夕日がそうさせたのだろうか。モーリスは珍しく感傷的になっていた。


「だから、脚治してくれてサンキュな」


 ヒューロの顔を見てそう告げるモーリス。ヒューロは「うん」と微笑みながら返した。


 また先程の子供たちの方へ目を向けると、もう子供たちも帰ったらしく、誰もいなかった。


「さあ、そろそろフォンス爺さんの家だ!俺一番乗り!」


 そうヒューロは言うと、駆け出した。


「あ、待てよ!」


 モーリスもヒューロに続き、走り出す。


 この街で起こっている事も知らずに・・・・・・。

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