#11「微かな希望」

「てめえ何やってんだこの野郎!」

 今日も少年には父親からの理不尽な暴力が襲い掛かる。仕事が忙しくて手が回らなく、数秒遅れただけでこの仕打ちである。

 殴られた少年はその場でよろめき、膝から崩れ落ちた。

「罰として今日も飯抜きだ」

「そんな・・・」

「お前、この俺に口答えすんのか?じゃあ明日も飯抜きだ!」

 俯く少年。それを見て少年の父は「ジャハハ」と大声で笑った。なんと下衆なやり口だろう。これでは少年がまるで家畜のようである。いや、それ以下かもしれない。それほど日々の扱いは酷かった。

 少年は表に出て、皿を洗いながら、夜空を見上げ思う。

(ああ、こんな毎日がいつかあいつが死ぬまで続くんだ。あいつからは逃げられない。あいつが死んでくれれば・・・)

 その時であった、少年の手から皿が滑り落ちた。考え事をしながらの作業だったため、注意力が落ちていたのだろう。パリンと乾いた音が鳴り、皿は大小様々な大きさに割れてしまった。それを見て少年の血の気が引いていく。

(まずい!またあいつに殴られる)

 黙って皿が割れた事実を見ることしかできない少年。しかし、脈打つ胸は確かに速くなり、これから起きる悲惨な未来を想像するには難くなかった。

 そんな時、割れた皿を見つめる少年の脳裏にある思いがよぎった。

(そうか、“いつか”じゃない、“今”だ。今奴を殺してやる・・・!)

 その結論が出た後の少年の行動は速かった。地面に落ちている手頃な皿の破片をおもむろに掴み、ドアを開ける。そしてあとはそこにいるはずの父親の喉元へとそれを振るうだけだった。

(殺してやる。今ここで!)

 しかし、家に入った少年の目の前に広がっていた光景は少年の殺意を消し去るのには十分なものであった。

 まず目に飛び込んできたのは、真っ白なローブを羽織った謎の男。そして、それとは対照的に赤黒い液体が彼の足元に広がり始めていた。その出所を辿ってみると、彼の右手に握られたナイフから始まり、壁にもたれ掛かって安らかな顔をしている父親の姿が飛び込んできた。その喉元から赤い血液がドクドクと脈打ちながら流れている。

「え・・・。誰・・・」

 父親の死に関する感情よりも先に、少年の胸の内に広がってきたのはその一言であった。

 男は現場を見られたにも関わらず、落ち着いた声で話し始めた。

「私は世界の再生を望む者」

 まるで子供を寝かし付けるようなその声は、少年の耳を心地よい感覚に陥れる。

「君もこんな奴が蔓延るこの世の中は間違っているとは思わないかい?」

 そう言いながら男は少年の顎をクイッと上げる。そして、その目を覗き込んだ。

「言わなくともわかるさ。目は口程に物を言う。むしろ君の方がそう思っているくらいだろうね」

 不思議とこの男には警戒心は不要だと少年は思う。それほど男は懐に入り込むのが上手かった。口調、声音、そのどれからも取れる感情は優しいものであった。

 更に男は続ける。

「君も私の下に付きたまえ。なに、心配はいらないよ。他の仲間も君と似たような境遇の子たちだ。直ぐに打ち解けられるはずだ」

 そう言うと、男はローブを翻しながら歩き出す。

「それと、私のことはこう呼びたまえ。『ライエス』と・・・」

 つけ入る隙間も与えず、淡々と男は語った。しかし、少年は何か温かいものに包まれたような感覚に襲われる。居心地がとても良かった。

(あの男に付いて行けば、何かが変わる。そんな気がする)

 少年は男の後を付いて行く。そして父親であったものの方を見やるとこう吐き捨てた。

「じゃあな、クソ野郎」


「・・・サン。ジョナサン、起きて」

 ジョナサンが目を覚ますと、青い髪の女性が屈んで顔を覗き込んでいる。

「シーナか。悪い、寝てた」

 男は寝起きのガラガラ声でそう呟く。

「まったく、仕事前なのに悠長ね。で、いい夢は見れた?」

「ああ、昔の夢を・・・。ライエス様に会った時の夢を見てた」

「そう」

 シーナは淡白にそう返すと、立ち上がり遠方を見据えた。

「さ、私たちも行きましょう。ミナタへ」

「ああ」

 ジョナサンとシーナは黒いローブを身に纏い、目的地へ向けて歩き出した。

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