第二章「出でる闇」

#10「いざミナタへ」

 魔法によってモーリスの脚を治療したヒューロは、当初の目的であった荷物の配達に向かおうとしていた。

しかし、魔法を行使した影響で疲労がピークに達してしまっている。そのためモーリスの家で少し休憩することにした。

「ごめんね上がらせてもらって。この力使うと疲れちゃうんだ」

 モーリスに家の中へ招かれ、出された水を飲みながらヒューロは言う。

「いや、いいけどよ、その“力”って何なんだよ。治らないって言われてた俺の脚まで治しちゃうしさ」

 モーリスにとっては至極当然の疑問であった。今まで何の変哲もない友人がいきなり未知の力を使い始めたのだから。

「なんかね、この間の森でのときから魔法が使えるようになったみたい」

 問いを投げかけられたヒューロは爽やかに答えた。答えを聞いたモーリスはというと、口をあんぐりと開けて驚愕に満ちた顔をしていた。

「やっぱりあのとき・・・」

 顎に手を当て、考え込む仕草をとるモーリス。そのつぶやきを聞いたヒューロは「あのときって?」と問い返す。

「言おうか言わないか迷ってたけど、こんな不思議なことが起きてるって分かったから言うわ。お前、昼隠しの森で一回死んでるんだぞ」

 そう言うとモーリスは昼隠しの森でヒューロに起こった出来事について話し始めた。そして、ヒューロもあの時何が起きたのか語り聞かせたのであった。

「見えない何かが襲ってきた、か・・・」

「変な人か・・・」

 モーリスはヒューロが腹部に受けたという衝撃の正体を考察する。

「あの森には色々と噂があるからな。亡霊が彷徨っているだの、未知の生物がいるだのってな。亡霊云々は信じないけど、未知の生物ってのは気にかかるな。でも見えない生き物っているのか?それとも小さな生き物の集まりで、いやでも・・・」

 座り込んでブツブツとモーリスは呟く。あれやこれやと考えてみるが、これだ、となる答えは見つからなかった。

「あー、ダメだわかんねえ!」

 後ろに倒れこみ、モーリスは感情を爆発させた。

「まあ、でも今こうやって生きてるんだから大丈夫でしょ」

 当の本人はというと、ケロッとした態度でモーリスを宥める。

「そっか・・・。そうだな」

 よいしょと起き上がり、モーリスも気持ちを切り替えた。悩んでてもしょうがないという風に二人は考え、しばらく別の話題で談笑することにした。

 ある程度時間が経ったところでヒューロは体力が回復したことに気付き、そろそろ家を発つ旨をモーリスに告げる。

「よし、そろそろ行くね」

「おう。どこに行くんだ?」

「えーとね、ミナタ!」

「そっか・・・」

 ヒューロの行先にモーリスはどうやら思う節があるようだ。何やら眉をひそめている。

「どうしたの?」

「なあ、俺も付いて行っていいか?」

「うん!いいよ!」

 モーリスの申し出にヒューロは何の迷いもなく即答した。

「脚を慣らしておきたいんだ。それにあそこに行くためには昼隠しの森を通らなきゃいけないだろ?いくら魔法が使えるからと言っても何もないとは言い切れないからな。もしお前に何かあっても、今度は俺が必ず守ってやる」

 そう言うと、モーリスは真剣な眼差しでヒューロを見つめる。

「ありがとう。でも今度は自分を犠牲にしないでね。それにモーリスに何かあっても俺が必ず守るからね!」

「おう!」

 こうして二人はフォンスの待つミナタの街へと向かうのであった。


 一時間後、二人は昼隠しの森の前にいた。相変わらず森は漆黒を纏い、恐ろしい雰囲気を漂わせていた。その光景を見た二人はごくりと生唾を飲む。

「この間はお前を探すのに必死だったし、他にも人がいたから大丈夫だったけど、改めて見ると怖いなここ。なんでお前の親父さんはあんなことがあったのに、こんなとこ一人で行かせようとしてんだ・・・」

 モーリスは恐怖のあまりか口数が増えている。ヒューロはというと対称的に黙って森を見つめていた。

「と、とにかく行こうか」

 少し尻込みをしながらモーリスは促す。それに「うん」とだけ答え、二人は昼隠しの森へ入っていった。

 しばらく歩いてみる二人。周りからは聞いたこともないような生き物の鳴き声が響いてくる。

「ね、ねえ、やっぱりお化けっているんじゃ」

「やめろ。いない。いるわけないだろう」

「だって俺、聞いたことあるよ。この森には首無し騎士がいて、馬車で森を巡回してるって。そして森で迷ってる人を見ると・・・」

 そう言いかけたところでヒューロは黙る。

「おい、どうしたんだよ」

 見ると、ヒューロは目を大きく見開き、口をあんぐりと開けていた。そして、プルプルと正面を指差す。その指先に視線を這うように合わせると、そこには一台の馬車がゆっくりと近付いてくる姿が見えた。

「「出たーーー!」」

 二人は思わず抱き着いて叫んでしまった。二人の声が森に木霊する。それに呼応してカラスが騒がしく鳴きながら飛び立っていった。

「く、首無し騎士だ」

 ヒューロは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。モーリスはというと、立ったまま抜け殻と化して真っ白になっていた。

 すると、馭者がぬっと顔を出す。

「ヒューロ君、やっと見つけたべ~。ありゃ?モーリス君もって・・・あら?モーリス君が立ってるべ!」

 馭者は訛った口調で二人に話しかける。どうやら顔見知りのようだ。その声を聞いてヒューロはホッと胸を撫で下ろした。

「ヤンおじさん!」

 その名前を聞いてモーリスは魂が戻ってきたようだ。一瞬にして色が戻る。

「なんだ、やっぱりお化けなんていないんだ」

 モーリスは半分泣きながらそう呟いた。

「で、なんでモーリス君歩けるようになったべ?」

「あー、それはコイツがまほ・・・」

 モーリスがそこまで言った途端にヒューロが口を塞ぐ。

「わー!えっとね、ぶつけたらなんか治ったらしいよ!」

「そうなのか。何年も治んなかったのによく治ったべ。おめでとう!」

「あ、ありがとうございます」

 そこまで続けると、ヒューロがモーリスに小声で話しかけた。

「ごめん、魔法のこと人に言うなって父さんが・・・」

「そういうことな」

 モーリスは色々察したようで直ぐに返事をした。

「で、ヤンおじさんどうしたの?」

 話題を切り替えるべく、ヤンに問いかけるヒューロ。するとその話題に乗ってくれたようで、ヤンはにこにこしながら答える。

「ヴァルハットさんから、ミナタまで連れて行ってくれって頼まれたべ。でも中々探しても見つからないから二往復もしちゃったべ」

「そうなんだ。ごめんなさい」

「親父さんちゃんと考えてんじゃん」

「さあ、乗った乗った。ミナタまで飛ばすべ~」

 思わぬところでヴァルハットの気遣いに触れた二人は、ヤンに勧められ馬車に乗る。目的地のミナタまでもう少しである。

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