#3「魔法使いの誕生2」

 ヒューロが意識を取り戻すと、そこは真っ白な空間であった。上下左右どこを見渡しても白だけのこの世界は、ヒューロの孤独感をより一層強めるには十分すぎるものであった。

「どこだろう、ここ・・・」

 誰がいるわけでもないのに、ヒューロはボソッと零す。答えが返ってくるはずのないその問いは真っ白な空間に溶けてゆくだけであった。

 とりあえず、出口を求めて歩いてみようとヒューロは思い、その歩を進めた。

 しばらく歩いてみたが、何があるわけでもなく、ただひたすらと同じ景色が続くだけであった。

 体を動かしたからであろう、さっきまでぼやけていた思考が次第に明瞭になっていく。そしてヒューロはあることを思い出した。

「そういえば、さっきまで俺、森の中にいて、急に腹が熱くなって、それから・・・」

 ヒューロの脳裏には意識が切れる寸前、自らに迫ってきていた巨木の光景が蘇った。

「俺死んじゃったのかな」

 その答えが腑に落ち、ヒューロは歩みを止めた。そう考えればこの空間にも納得がいった。

「そう!君は死んだんだ」

 今まで誰の気配も感じなかったはずの空間から、何者かの声が聞こえてきた。その声は男とも女ともとれる声であった。

「だ、誰?」

 声の主を探すべく辺りをキョロキョロと見渡してみるがそれらしき者はどこにもいなかった。

「いや~さっきから君に話しかけてたんだけど、ようやく聞き取ってくれたか。これが君の聞き取れる音か。じゃあ次は認識できる姿にならなきゃだね。これは見える?」

 しかし、ヒューロの目には何も映っていなかった。

「見えないよ」

「じゃあこれは?」

 先程と同じく何も見えない。

「見えないね」

「あ~もうめんどくさい!君と同じ種族の見た目でいいや!」

 すると、ヒューロの目の前に、祭服のような派手な衣装を着た仮面をかぶった人物が現れた。

「うわあ!」

 突如として目の前に現れたその存在にヒューロは驚き、思わず尻もちを着いてしまう。

「ほんとはオリジナルの姿で現れたかったんだけど、まあいいや。君も見慣れてる“カタチ”の方がいいだろ?」

 謎の人物は自らの姿かたちを確認する仕草をとった。まるでおめかしをした少女のようである。

「あ、あなたは?」

 ヒューロは立ち上がりながら、質問を投げかける。すると、その者の隣に青と緑が混じった球体が映し出された。

「私は観測者。世界の森羅万象を観測している者さ。ここは様々な世界の意識の到達点であり、根源であり、墓場だ。私はそこで起こる事象を眺め、膨大な記録として残すことを目的として生まれてきた。そしてそてと同時に、ある“もの”を守る役割もしている」

 その人物は球体を指先でくるくると回してみせた。「ちなみにこれが君の住んでる世界ね」と付け加えて。

「ある“もの”って?」

 ヒューロは説明の最後に出てきた曖昧なものの正体について問いかける。

「“奇跡の種”と私は呼んでいる」

「奇跡の種・・・」

 観測者の言葉を理解しようと反芻するヒューロ。その様子を見た観測者が続けて説明を始める。

「世界を変える大きな力を持ったものさ。それは時に世界を生み出し、世界を破壊する、とても危険なものなんだ」

「は、はあ・・・」

 あまりにスケールの大きい話にヒューロは困惑する。

「それが今君に使われている」

 突然の知らせに驚き、ヒューロは目を見開いた。

「え?どういう・・・」

 説明を求めたヒューロだったが、自らの身体が光の粒になり、霧散し始めていることに気が付いた。

「なにこれ!」

「おっとどうやら時間のようだね」

「時間って?」

「君は一度死んだが、奇跡の種の力でもう一度生を得ようとしている」

 観測者はどこから出してきたのか分からないティーセットをマズそうにしながら楽しんでいた。

「あまり前例のない出来事なので、私にも全ては説明することはできませんが、まあ一言で言うなら、君は君の世界の特異点となった訳です。そして特異点には特別な力が与えられる・・・」

「それってどういう・・・」

 詳細を聞こうとしたヒューロだが、もう体がほとんど残っていないことに気が付く。

「時間です。詳しい話はまたいつか会った時にしましょう。ではよい人生を・・・」

 そう告げると、観測者はティーカップに再び唇を近付ける。その光景を最後に、ヒューロの視界は真っ暗になった。


「うーん、ここは・・・」

「ヒューロ!」

 モーリスはヒューロに飛びついた。

 先刻のモーリスの叫び声が聞こえたのか、村人たちが集まって来る。

「こんなところにいたのかヒューロ!」

「父さん」

 群がる村人たちをかき分けて、ヒューロの父親が現れ怒鳴りつける。

「心配かけさせやがって!何やってんだ!」

「ごめん。爆発音が聞こえたから、困ってる人がいるかもしれないと思ってこの森に入ったことまでは覚えてるんだけど、そっから記憶がなくて・・・」

 ヒューロの脳内には先程の記憶が存在していなかった。

「まあとにかく、爆発音の原因とヒューロ君も見つかったことですし、ここは村に帰ろう」

 初老の男性がヒューロの父親の肩をポンと叩きそう告げる。

「村長」

 ヒューロの父親は村長の言葉を聞き、ふうっと息を吐く。そして「分かりました」と言うと、ヒューロを起こした。

「家に帰ったら説教だ」

「ええ!そんなあ・・・」

 困惑するヒューロに周囲には笑いが広がるのであった。ただ一人を除いて。

(さっきの事、言うべきか?だけど、信じてもらえるのか?いや、そもそもこうしてヒューロは無事なわけだし・・・)

 モーリスの頭の中では葛藤が巡っていたのであった。

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