第一章「魔法使いの誕生と約束」

#2「魔法使いの誕生」

 魔法。それは人々の憧れ。それは神秘。それは畏怖の対象。そしてそれは、一人の少年と世界を大きく変えるものであった。


「なー、モーリス、魔法ってあると思う?」

 原っぱに寝転び、一人の少年が傍らの少年に問いかける。

「うーん。ないんじゃない?いたら俺の脚なんて直ぐに治ってるよ」

 モーリスと呼ばれた少年は自らの右足をさすりながらそう呟いた。松葉杖を突いているところを見るに、足が不自由なのであろう。

「そう言うヒューロはどうなのさ」

 モーリスは隣に寝転んでいるヒューロに問いを返す。するとヒューロは右の手のひらを空へと突き出し、ニカッと笑って答えた。

「俺はあると思うね。みんながイジワルなだけで教えてくれないんだ。そうに決まってる!そしてこの世界には俺たちの知らないことがまだまだたっくさんあるんだ!俺はいつかそれを見てみたい!」

「ハハハ、そっか。そうかもしれないな。いや、そうだといいな」

 ヒューロの答えにモーリスは笑いながら返した。しかし、その瞳はどこか遠くを見つめていた。

「大丈夫、いつか俺が魔法を見つけて、お前の脚を直してやるよ!」

「ありがとな!気持ちだけでもうれしいよ」

「いや、絶対に治す。友達だからね」

 そう決意を宣言したヒューロの目は地平線に溶けてゆく真っ赤な太陽を映していた。

 そよ風が二人の髪を撫でる。まるで二人の未来に幸あれとでもいうように。

 

 そんな平穏を一つの衝撃音がやすやすと壊した。まるで何かが爆発したかのようなその音は、森の方から鳴り響いた。

「なんの音だ?」

 ヒューロが思わず口から驚嘆の色を零し、二人は同時にその音のする方へと顔を向ける。

「昼隠しの森からだ。行ってみよう」

 そういうと、ヒューロは身体をバネのように使い起き上がると、すぐさま森の方へと駆け出していく。

「あ、ヒューロ待ってくれ!」

 モーリスも慌ててヒューロに付いていこうとするが、ヒューロの背はどんどん遠くなっていく。

「お前は大人たちを呼んできてくれ!」

「でも・・・。何かあったら大変だ!」

「いいから!」

 そう言うとヒューロはあっという間に見えなくなった。

「気を付けろよ・・・」

 モーリスの心配は夕焼け空に消えていってしまった。


 数十分もしない内にヒューロは昼隠しの森へ到着した。ここは昼間でも巨大な広葉樹が日光を遮るため、真っ暗な場所になっている。そのため日が暮れた今ではより一層不気味な雰囲気を醸し出しており、大人でも近付くのをためらう程であった。

「ハアハア、やっと着いた。気になって見に来たけど、やっぱここ怖えぇ・・・」

 まるで何者かが誘っているように感じられるこの森のそれがヒューロの足を鈍らせる。しかし、ヒューロは自らの頬を両手で叩き、気合を入れた。

「もしかしたら誰か困ってるかもしれないし、迷ってる場合じゃない。いくぞ」

 ヒューロは自らを鼓舞し森の中へと分け入っていく。

「おーい!誰かいませんかー!」

 真っ暗闇の空間にヒューロの声がこだまする。捜索を始めて数分、聞こえてくる音は、風でわずかに擦れる木々の葉音と、得体のしれない動物の鳴き声だけであった。

「おかしいな。絶対この森から聞こえてきたはずなんだけどな。危ないし、そろそろ帰ろうかな・・・」

 踵を返し、引き返そうとしたその時、ヒューロは腹部に衝撃を感じた。

「ガハッ」

 正面を見ると、何か球体の物が通ってきたかのように木々が一直線に抉れている。

 ヒューロの意識が段々と薄れていく。

 最後に見えたのはバキバキと音を立て、自らの頭上に倒れて来る巨木であった。


 それから一時間後、森の異変をモーリスから聞いた大人たちが捜索を始めるため昼隠しの森に到着した。そこにはモーリスの姿もあった。

「ヒューロ!ヒューロ!どこだ!」

「モーリス君、この森はただでさえ足場が悪いんだ。足が不自由な君は危ないから、ここは我々大人たちに任せて君はおうちに帰ってなさい」

 捜索に来ていた村人の一人が、足元がおぼつかない様子のモーリスに向かって言い聞かせた。

「嫌です。あいつは俺の友達なんです。絶対に見つけて、一緒に村に帰ります」

「いやしかし・・・」

 松明に照らされたモーリスの決意を秘めた眼差しを受けて、村人は「そうか」とだけ言い、再び捜索に戻って行った。

 捜索が開始されてからしばらくの時間が経ったが、爆発音の原因とヒューロは中々見つからなかった。

「もう遅い時間だし、そろそろ引き返すか。また明日探しに来よう・・・」

 これ以上の捜索は危険と判断した村人がそう口にしたその時。

「おーい!ここ、木が倒れてるぞ!」

 村人の一人が異変に気付き、皆を呼び止めた。

 声のする方へぞろぞろと集まる村人たち。村人たちは目の前に広がる光景を見て驚きの声を漏らした。

「なんだ・・・これは・・・」

 見るとそこには一直線になぎ倒された木々が転がっていた。

 村人たちの間にざわざわと波紋が広がる。中には怪物の仕業だと言う者もあらわれた。

「これが爆発音の原因に違いない」

 誰かがそう言うと、村人たちは次々に頷いていった。

 そんな中、モーリスは一人木々の破壊の跡を辿っていた。しばらく辿ってみると、急に破壊の跡が無くなっていることに気付く。そして、ふと視線を落としてみると、木の下に恐らく少年であろう身体が横たわっていた。

「ヒューロ!」

 直感でそうだと悟ったモーリスは杖を突き、出来得る限りでの全速力でその身体の元へと駆け寄っていく。

 近くに来てみると、モーリスはその身体――いや、死体のあまりに酷い有様を見てしまう。

「あ、あ・・・」

 声にならない声がモーリスの口から漏れる。身に着けている衣服から、死んでいるのがヒューロだと確信してしまったからだ。

 頭が潰れ、その中身が飛び出ているため、モーリスにはなす術もなく、力なくその場に座り込んでしまった。

「あああああああああ!!」

 あの時引き留めていれば、引き留めさえいれば!モーリスの頭の中には後悔の念がじわじわと湧き、その両目からは涙が溢れ出していた。

 そんなとき、森の奥から誰かが近付いてくるのをモーリスは感じた。

 目を真っ赤に腫らしながらも気配のする方を見やると、ローブを被った一人の人物が現れた。

「どいてろ」

 恐らくマスクか何かを付けているのだろう、こもった声がモーリスに命令する。しかし、その声からはどこか優しい雰囲気を感じた。

 その言葉に従い、モーリスはその場から這いずり少し距離を置く。するとその人物は懐から何かを取り出し、ヒューロの頭に当てがった。すると、それはまばゆい光を放ち始めた。その光景を見届けた後、謎の人物はモーリスに近寄って来る。

「これで大丈夫。彼は死なないよ」

 優しい声音でそう呟くと、その人物は森の奥へと去って行った。

 モーリスは過呼吸気味の状態でヒューロへと再び視線を移すと、そこではありえない光景が広がっていた。なんとぐちゃぐちゃになっていたはずのヒューロの頭部が元に戻り始めているのである。散らばった破片がまるで意志を持っているかのように、ヒューロの身体を中心に集まっていた。

 それからほどなくして血の一滴ですら元に戻っていくと、ヒューロは意識を取り戻した。

「うーん、ここは・・・」

「ヒューロ!」

 モーリスは思わずヒューロに飛びついた。

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