死神の子

えのき

1

 私は今、ワンピースを着た可愛らしい幼女からずっと見られていた。


 彼女はワンピースの裾をぎゅっと握って、私から目を離さない。何かしただろうか、と不安になる。


「あの、どうしたの? もしかして、迷子だったりする?」


 彼女は首をふるふると横に振る。潤んだ瞳を私に向けると、私の手を握ってきた。


「おねぇちゃん、今日死んじゃうよ」


 ただ一言、ポツリと出てきた。何を言っているのか、私には理解できなかったけれど、彼女が本気でそう言っていることはわかった。


「どうして、そう思うの?」

「わたしね、今日死んじゃう人がわかっちゃうの。なんか少しだけ、すけて見えるの」


 彼女は震えた声で私に語りかける。他人である私を本気で心配していた。私がどうしようか迷っていたところ、


「今日はぜったいにおうちにかえってね。そうすれば、おねぇちゃんはきっと助かるから」


 それだけ言い残すと、彼女はてくてくと駆けていった。彼女が向かった先には、小学校高学年くらいの少年が待っていた。彼は抱きついてきた少女を抱き返すと、優しく頭を撫でる。


 おそらく兄弟であろう二人を見てから、私は少女の言葉に反して、家とは逆方向へと歩き出す。


              *****


 電車からバスに乗り継ぎ、木々の間を抜けて、ようやく目的の場所へと到着した。都会の喧騒から離れたこの場所には、心地よい木漏れ日が差し込む。


「会いにきたよ、お兄ちゃん」


 日光で表面が白く光る墓石には、悲しげな顔が映っている。私は手前にそっと黄色い花を添えて、水を注ぐ。


 今日は、兄の十回目の命日だった。名前の刻まれた墓石に、思い出を求めて軽く触れる。だが、ここには兄との思い出などないのだ。


「私ね、今日不思議な子に会ったの。その子は見ず知らずの私を、泣いちゃうくらい心配してた。私もその子みたいに優しい子を育てて、お兄ちゃんに会わせにくるね」


 長居はしない。私は立ち上がって、帰り道へと踵を返す。すると、一粒の水滴が私の手に落ちた。


「そういえば、今日は雨だった」


 鞄から折り畳み傘を取り出して、私は家路についた。


             *****


 いつもの街まで帰ってきても、未だに雨は降り続けていた。雫が跳ねる水たまりを避けてゆっくりと歩いていると、父から電話がかかってきた。


『今日はちゃんと行けたか?』

「うん。今帰ってるとこ」

『悪いな、今日行けなくて』

「ううん。父さん今仕事大変なんだから、来なくていいって。ちゃんと父さんの分までお参りしてきたから」


 父とのたわいもない話をしていると、突然目の前が白く染まる。


 ゴオオオオォォォォォォ!!!


 大きな音とともに、スリップしたバイクが私めがけて飛んでくる。時間が凍りつき、目の前を雫たちのカーテンが覆う。


 あ、これ終わった。


 今から動いても、おそらく間に合わない。というか、足がすくんで動けない。頭の中をあの少女の言葉がよぎった。


「くっそっ!!」


 死を目の前にして立ちすくむ私を、そんな叫びをつれて現れた何かに、横から突き飛ばされる。


 ずどん!


 先程まで私のいた場所に大型のバイクが突っ込み、轟音と共に炎上した。


「いってぇ……」


 私の上にのしかかっているのは、あの幼女と一緒にいた少年だった。彼は足をさすりながら立ち上がる。


「ぼぅっとしてないで、早く救急車とかに電話してくれよ。俺、携帯とか持ってないし」

「え、あ、うん」


 私よりもよっぽど冷静な少年の指示通り、とりあえず救急車に電話する。しばらくすると、ここに消防車や救急車などが到着するだろう。


「いくら大切な用があるからって、人の好意はうけとった方がいいと思うぜ。……あいつ、優しいから、お前を助けに行けってうるさくってよ」


 彼は何かを愛しむような笑みを漏らす。その顔はいかにもお兄ちゃんと言った感じで、十年程長く生きた私も頼もしく感じてしまう。


 いや違う。きっと、彼が死んだ兄と似ているから。


 彼は、私が十年間求めていた人そのものだったから。


 私は十年経って、ようやく彼から卒業できた気がする。そして、少しだけ彼と近付けたのだ。


「君たち、素敵な兄妹だね!」


 彼は「何だよ、急に」ととまどいながら、私の前から去っていった。


「ありがとう!」


 私は去っていく小さな背中に、ありったけの声でお礼を言った。

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死神の子 えのき @enokinok0

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