約束の日に

夏の暑い日差しが容赦なく降り注ぐ七月のある日


一面タンポポの花が咲き、まるで黄色い絨毯のようになったその丘に一人の少女が寝そべっている。


「これからどうしよう…」


和泉桜雨はポツリとつぶやいた。


良く晴れた空に相違して、桜雨の心は分厚い雲に覆われていた。


「そんなとこで何してるんだ?」


突然、聞き覚えのない幼い少年のような声が聞こえた。


桜雨は一瞬ドキリとして、体を起こし声のするほうに振り向いた。


案の定そこには見るからに活発な雰囲気を漂わせる一人の少年が立っていた。


「君こそこんな何にもないところになにしに来たの?」


「俺、ここ好きだからさ、よく来るんだよ。お前名前は?」


「桜雨、和泉桜雨、君は?」


「俺は翔太朗だ、葉月翔太朗、よろしくな」


そういうと翔太朗ははじけるように笑った。


それから二人はたくさん話した。


翔太朗は、桜雨と同じ小学6年であることを伝えた。


桜雨は翔太朗の雲一つない笑顔に自然と惹かれていくのを感じた。


「私ね、家出してきたの」


「家出?」


「そう、私の家はパパが偉いお医者さんであんまり家に帰ってこないから普段はお母さんと二人なの。でもね、お母さんがすっごく厳しくていつも私を叱るの。それでね、今日ピアノのレッスン中にどうしてもいやになってお家飛び出してきちゃったんだ。」


桜雨はこれまでの経緯を翔太朗に話した。


「大変なんだな」


「ねぇ翔太朗、私これからどうすればいいのかな」


「わかんね」


「何よそれ」


「お前の家のことはよくわかんないけどさ、お前のしたいようにすればいいと思う」


「私、お母さんにごめんねって言いたい」


「じゃあそうすればいいんじゃないか」


翔太朗は屈託のない笑顔でそう答えた。


「翔太朗はさ、なんでそんなに楽しそうに笑っていられるの?」


「なんでだろうな、でもな、人生笑ってないと損だぞ」


その一言は桜雨の心にくすぶっていた雲を切り裂いた。


それから二人は途中、翔太朗の家を通り、一緒に桜雨の家へと向かった。


「ここが私の家」


「でかい家だな」


「普通だよ、今日はありがと、おかげで仲直りできそう。」


「俺は何もしてないよ」


「翔太朗のおかげだよ。また会おうね、バイバイ」



それから二人は文通を始めた。桜雨が手紙を書き翔太朗の家のポストにいれる。翔太朗が手紙を読んだら桜雨の家のポストに入れる。そしてたまにあの丘で会う。そんな日々をすごしていた。


「小太郎」へ


桜雨から届く手紙の宛名は決まっていつも間違って書かれていた。


ある日、翔太朗が桜雨の家に手紙を出しに行くと美しいピアノの音色が聞こえてきた。


幼い翔太郎には、何の曲かは分からなかった。 それでも翔太朗はその旋律に引き込まれて、しばらくの間そこに佇んでいた。


それからというもの翔太朗は、桜雨との時間を重ねるたびに、惹かれていくようになった。

それはいつしか、明確な「好き」という気持ちに変わっていった。



8月25日


二人はいつもの丘で会っていた。


「今日はやけに嬉しそうだな」


「そうかな?」


そういう桜雨はいつになく上機嫌だった。


「実は私もうすぐ誕生日なんだよね」


桜雨は誕生日が8月28日であることを翔太朗に伝えた。


「俺お前の誕生日絶対祝うから28日またこの丘に来てくれ」


「それなら誕生会やるからうちに来てよ」


「ここじゃないとダメなんだよ、ちょっとでいいから」


「まぁいいけど」


翔太朗はある決心をしていた。自分の気持ちを伝えるならこの日しかないとかんじたからだ。



「じゃあ約束な」



翔太朗と桜雨は指切りをした。


翔太朗はこれ以上ない程の幸せを感じていた。




だがその約束が果たされる日は二度とこなかった




桜雨は丘に向かう途中交通事故でなくなってしまったのだ。







翔太郎が一通り話し終えると皐月は口をひらいた。


「笑う資格が無いっていうのはそういうことだったんだね」


「そう、あの日僕が桜雨をこの丘に呼んだから桜雨は死んだんだ、僕に幸せになる資格なんてないよ」


「桜雨さんはどう思ってると思う?」


「そんなのわかるわけないだろ」


「きっと彼女は翔太郎に幸せになって欲しいと思ってるよ」


「なんでそう思うの?」


「女の感ってやつかな」


あまりにも皐月が自信ありげにそう言うので翔太朗は思わず笑ってしまった。


「やっぱ翔太郎には笑顔がよく似合うよ、これからもたくさん笑っていこうよ、きっと桜雨さんもその方がうれしいと思う」


翔太朗は色褪せていた心にふいに光がともるのを感じた。


「本当にそれでいいのかな」


「うん、それでいいんだよ」


夕方の心地よい風を浴びながら翔太朗はいった。


「ありがとな」


雲一つない笑顔で言う翔太朗の心は、



すっかりと澄み切っていた。

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幻想は彩る 二十世紀梨 @rionose

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