記憶の扉

8月20日


翔太朗は皐月が部活を見学しに来た日以来、毎日のように音楽室へ行き、基本はダラダラと時間をつぶし、時折皐月の演奏するピアノの音を聞き物思いにふける。


そんな翔太朗としては異例の夏休みを過ごしていた。


かといって、翔太朗の心境が変化わけではなく、相変らず色褪せたような日常を送っていた。


ただ、皐月と過ごしていればいつか、「何か変わるかもしれない」そう感じていたのだ。



暑い、とにかく暑かった。


翔太朗は、その暑さから逃れるため、少しばかり不快な音をさせながらホームへ滑り込んできた電車に乗り込んだ。


翔太朗の住む町は、都市としては珍しく、電車一本で綺麗な海水浴場に行くことができる。


今日は、皐月との二つ目の約束である


 ━海に行く━


を果たすため近くにあるビーチに向かっていた。


何を考えるわけでもなく、ぼんやりとしながら電車に揺られていると、車内にアナウンスが流れた。


「間もなく終点です、降りられる際は忘れ物がないよう、お近くをご確認ください」


翔太朗は少ない荷物を手に、電車を降りた。


少し歩くと、目的地であるビーチには直ぐそこにある。


皐月は準備に時間がかかるからと、現地集合にしていた。


すでに集合時間を30分過ぎていた。


遅い、そんなことを考えながら待っていると


「翔太朗」


自分を呼ぶ声がして振り返る、そこには透けそうなほどに白いワンピースを穏やかに吹く風で靡かせる皐月がいた。


ハッとした。


翔太朗は知っていた、同じように真っ白いワンピースが良く似合う一人の少女を。

翔太朗は皐月の姿に重ねずにはいられなかった。



「どうしたの翔太朗?もしかして私の可愛さに惚れちゃったとか?」


皐月は冗談めかしてそう言った。


「違うよ」


「え~じゃあどうしたの?」


「昔、同じように白いワンピースが良く似合う女の子に会ったことがあるんだ、それだけだよ」


「ふーんまぁいいや、それより早く海行こ」


「そうだな」


海に足を沈める。


足の指と指の間を砂が這い出ていく。


寄せる波に心ごと、攫われそうになる感覚は、とても心地よく感じられた。



一通り海を味わった二人は、昼になり海の家で休憩を取っていた。

「やっぱり私と過ごす夏休みなんかいやだったかな?」

そう切り出したのはさつきだった。

珍しく、困ったような複雑な笑みを浮かべながら翔太朗に問いかけた。


「翔太朗なんだかんだで付き合ってくれてるけどやっぱり楽しくなさそうだし」


「そんなことはないよ、多分相手が君じゃなくても同じような態度になると思う」


「どうして?」


「僕は幸せになったらダメなんだ」


「どういう」


皐月が理由を聞こうとするのを遮って翔太朗は立ち上がった。


「電車まで時間あるしもう一回海行こう」


「う、うん」


皐月もどことなく悲しそうな返事をしてたちあがった。



それから二人は電車に乗って町に帰ると、どちらからともなく夢見ヶ丘に向かった。


心地よい風が二人の間を通り過ぎていく。


沈黙が流れる。


「翔太朗」


「ん?」


「さっきの話きかせてよ」


「君には関係ないよ」


「それでもいいから」


「....」


普通の身の上話ですら人にはしない翔太朗が、少し考えた後ゆっくりと口を開き、語り始める。




「小学校の六年生だった頃かな」

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