2度目の「約束」
ブラインドカーテンから差し込む光で翔太朗は目覚めた。
7月21日月曜日、窓を締め切った翔太朗の部屋は、夏の湿った暑さで、じめじめとしていた。腰あたりにあるブランケットを乱暴に剥ぎ取り階段を下りて、翔太朗はリビングへと向う。
リビングに降りると両親は既に家を出ており、兄弟のいない翔太朗は机の上に置いてあるトーストとミルクの朝食を、無理矢理胃に流し込んだ。
朝食を食べ終えると、短パンとTシャツを脱ぎ、制服を着る。
印象が悪くならないよう最低限の身だしなみには気を付けているつもりだ。
そして靴を履き、家の鍵を閉めて通学路を歩く。
いつもと、何ら変わりのない日常だ。
もう何度同じ事を繰り返しただろうか。
そう頭の中で呟く翔太朗の目に映るその日常は、すっかり色あせていた。
今年で創立90年を迎える私立向陽高校は、町から少し離れた郊外に立っている。
翔太朗は学校につき、2年3組の教室に入ると、窓側の一番後ろにある自分の席に座り、始業を待っていた。
なぜだろうか、今日はやけに教室が騒がしい。
「なぁ、聞いたか、うちのクラスに来る転校生、めっちゃ可愛い子らしいぞ。」
誰かの話し声が聞こえる。
「転校生」
という単語に翔太朗は思わず
「まさかな」とつぶやいた。
早くも翔太郎の予感は的中する。
「早く席につけー」
そう言いながら、いつもより早い段階でやってきた担任教師が教室に入ってくる。
その後ろには、昨日、夢ヶ丘で出会ったあの人形の様な少女、雨宮皐月が担任のペースに合わせ入ってくる。
「今日は転校生を紹介する」
再び教室は騒がしさに包まれる
「静かに」
担任の声を聞きながら皐月は丁寧な字で黒板に名前を書き、自己紹介を始める。
「始めして、雨宮皐月です。家庭の事情で転校生して来ました。よろしくお願いします」
そう言い終わると、にこやかに微笑み、会釈をした。
「何処から引っ越して来たの?」
「部活は何してたの?」
「好きな食べ物は?」
静かだった空気が一変し、皐月は質問の渦に巻き込まれる。
「はい、静かに。雨宮、とりあえず後ろの1つ空いてる席に座れ。」
そう言いながら担任は、翔太郎の隣の席を指さした。
皐月は、スタスタと指定された席へ歩み寄り着席する。
そして翔太郎のほうを向き
「君もこのクラスだったんだね、よろしく」
相変わらず満面の笑みを浮かべて、話しかけた。
その日皐月は、1日中クラスメイトに囲まれていたため、それ以上話すことはなかった。皐月はその明るさで、既にクラスの輪に溶け込んでいた。
放課後、翔太郎は道路沿いの道を自宅に向かって歩いていた。
「おーい、翔太郎」
後ろから、テンポよく響く足音と、聞き覚えのある声が近づいてくる。
翔太郎は振り返った。声の主はやはり皐月だった。
「こんなところで何してるの?」
「何って家に帰ってる途中だよ」
「そっか、じゃあ暇なんだね、喫茶店寄ろうよ」
言われるがまま、翔太郎はすぐ横の喫茶店へと導かれた。
席に着くなり、皐月はプリンアラモードを、翔太郎は1番安いコーヒーを注文した。
「私、プリン大好きなんだ」
そう言いながら皐月はプリンを頬張った。
あぁ、そういえばあいつも。
翔太郎はふと思いだした。
「そういえば君はなんで僕が向陽に通ってる事を知ってたの?」
翔太郎は疑問に思っていた事を聞いた。
「皐月でいいよ。なんでって、君、昨日制服来てたでしょ?」
言われて思い出した。翔太郎は昨日学校に寄ってから丘に向かったのだ。
相変わらず皐月は「んー」といいながら満足気にプリンを頬張っている。
「私ね」
ひとしきりプリンを堪能したあと皐月は切り出した
「8月28日までにしなきゃいけないことが沢山あるの、君手伝ってよ」
8月28日それは翔太郎にとって、とても大きな意味がある一日だった。
「なんで、僕なんだよ」
「だって君、ずっと暗いんだもん。夏休みくらい青春しとかないと」
そう言いながら1枚の紙を取り出した。
━1、部活にはいる
2、海に行く
3、お祭りに行く━
紙にはそう書かれていた。
「遊んでばっかじゃないか」
翔太郎は思わずつっこんだ。
「いいでしょ、で、君はどうするの?」
結局翔太郎は、皐月の妙な勢いに負けて、その計画を手伝う?事になった。
会計を済ませ外に出ると、日は傾いていた。
「今日は、ありがとね、また明日」
そういうと皐月は、翔太郎の家とは反対方向に走っていってしまった。
翔太郎は、徐々に小さくなっていく皐月の影を眺めていた。
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