産まれたる悪領2
メルサーヌは鼻で笑うように小さく息を吐いて頷いた。
「ガルティエ、なにか私に言いたいことでも?」
これだけの一方的な大勝利に浮かれる気持ちは無いのだろうか? 見下ろす彼女の声は穏やかで微笑みすら浮かべている。ガルティエは底知れぬ不安に生唾を飲み込み、呼吸を整えて口を開く。
「ド、ドルガノブルクは……我が父バロキエの騙し討ちにより陥落し、その際には多くのお身内や家臣を奪われ、ご自身も私の想像を絶する辛酸をなめてこられたであろうことは承知しております」
彼女は無言で相槌を打つ。
「しかし非道な我が父とて統治者、それを見せしめの如く惨たらしく死に至らしめては残った兵も民も御身について参りませぬ。ドルガノブルクの栄光を取り戻すのであれば、領を支配出来ねばなりますまい」
メルサーヌはときどき相槌こそ打っているものの表情ひとつ変えず、聞いているのかいないのかも判然としなかった。
しかし脇に控えるカーライルとアドニスが表情に不快を示し始めているのは明らかであり、ならば彼女もまた気分を害しているであろうことは想像に難くない。
この僅かな口上だけで、緊張のあまりガルティエの喉は砂漠を半日歩いたほどにも乾いていた。何度も唾を飲み込み、今にも声が掠れてしまいそうになるのをそれでも必死に声を絞り出す。
「父は生かしておけば必ずお役に立てます。所業に対する罰は……父に代わって娘の私が受けます。どうか、どうか父の命ばかりはお許し願えませんでしょうか」
メルサーヌは疲れたようにしばし目を閉じて、薄ら笑みと共に開くとガルティエに問う。
「ドルガノブルクに対する所業の罰を、あんたが受けると」
「……はい、いかなる処罰も、それによる死も……つ、謹んで」
死罪は免れないだろう。恐らくは楽に死ぬことも許されないに違いない。それでもベッケンハイムの民のためにと、ガルティエはそれだけの覚悟をもって答えた。
カーライルが誰にともなく呟く。
「いかなる処罰も、と来ましたか」
アドニスが懐疑的に
「それによる死も謹んで、なあ?」
ふたりの言葉はまるでメルサーヌの心情を代弁しているかのように広間に響いた。
彼女は目を細め大きな笑みを浮かべて口を開く。
「私のお母様は昼夜を問わずベッケンハイム兵に陵辱され、全裸で鉄籠に詰め込まれ飲まず食わずの垂れ流しで飢えて死ぬまで城下町で晒し者にされたのだそうだけれど」
言葉を切ってじっとガルティエを見つめる。逆にガルティエは自分の頭から急速に血の気が引いていくのを感じ、逃げるように視線を落としてしまう。
「そこんとこ良く考えてから、もう一度あんたの言葉を聞かせてちょうだい? ねえ、ガルティエ」
もはやこの場に居る誰もが理解していた。軽薄を装った彼女の根底で、その
ガルティエが再びおなじ言葉を口にすれば、メルサーヌは間違いなくバロキエの命と引き換えに彼女を自分の母とおなじ目に合わせるだろう。バロキエにとっても目の前で実の娘が非業の死を遂げるのはさぞ堪えるに違いない、というだけの理由で。
謁見の広間が水を打ったように静まり返る。
ガルティエは青ざめた顔で周囲へ視線を巡らした。
騎士のような者、冒険者のような者、どうみてもチンピラにしか見えないような者もいる。彼女が相手にするであろう者はこの場にいるだけではない。連行されるまでにも見てきた多くの敵兵全てが、今からの答えひとつで彼女の
そして名誉を守るための自死すら許されず、着るものも食事も与えられず衆目の前に汚物を垂れ流しながら果てるのを待つだけの最期が待ち構えている。
しかし同時に、この場での前言撤回はもはや義務と矜持が許さない。ガルティエもまた、メルサーヌとおなじく領主の娘なのだ。
震え涙ぐみさえしながら顔を上げて、ガルティエは口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます