産まれたる悪領
産まれたる悪領1
謁見の広間には大勢の者が集まっていた。
玉座にはこの戦争の勝者である
両脇に控えるのは隻腕の魔術士
さらにその外を守るようにドルガノブルク騎士団長の娘ラティメリアと、一度は下ったバロキエを裏切った職業騎士タルカスが控えている。
相対して前に跪かされているのはベッケンハイム領主バロキエとその娘ガルティエ。彼らに忠誠を誓いながらも敗北を悟り投降した職業騎士の中でもそれなりに立場のある者たち。
多くの職業騎士と衛兵たちは一部を除いて地下牢に投獄されていてこの場には居ない。
そして彼らを囲むのは外から突入してきた旧ドルガノブルク領残党や狂犬一家が手下としてきた悪漢共だ。
「さてさて、それじゃこれから順番に始末を始めていくわねー。とはいえ……」
メルサーヌは捕虜と家臣団を前に微塵も臆さず大胆に足を組み替えながらにまにまとバロキエを見下ろす。
「どうしたもんかしらねえ。とりあえずケツに焼きゴテでも突っ込んで死ぬまで城門に吊るしとく?」
「汚い手で陥れおってこの
右目右腕に短剣が刺さったまま縛り上げられているバロキエだが、それでもなお屈することなく気を吐いた。ガルティエや後ろで同じように跪いている彼の部下たちも同様に目が死んでいない。
しかしその様子にカーライルとアドニスが嘲るような笑みを零す。
「くくく、さすが西の果ての雄と呼ばれしバロキエ殿。この期に及んでまだそのような口を利けるとは、その胆力には感服致しますが」
「でも残念だったなあ、連中は来ねえよ!」
「なん、だと……?」
愕然としたその顔を見て楽しそうに微笑んだメルサーヌが続ける。
「ふたりが捕まったとき、周辺の町へこの朗報を届けるんだって息巻いて何人も早馬を走らせたの知ってる? あれ、ほとんどこっちの伝令なのよね」
あっ、という顔をしたのはラティメリアとガルティエだった。彼女らは城内に出回っているその噂に不審なものを感じていたからだ。
「周り三領の城も今頃それぞれ攻められてるわよ。結果はどうなるかわからないけれど、あっちも負けず劣らず準備万端。まあ仮に撃退できたとしてもすぐに援軍は出せないでしょうね」
さらに、攻めきれなかった場合は早めに兵を引き上げベッケンハイムへ合流する手はずとなっている。バロキエの家臣たちは視線を交わしあからさまに落胆の表情を浮かべた。
「というわけでー、残念でしたっ♪」
楽しそうなメルサーヌの横からアドニスが前に出てバロキエに猿ぐつわを噛ませる。
「お前にはまだメルサーヌ様のために惨たらしく死ぬって大仕事が残ってるからな、舌噛んだりすんじゃねえぞ」
「もう舌など切り落としておけばどうです? メルサーヌ様の治癒魔術で傷を塞いでしまえば死ぬこともないでしょうし、別に聞きたいこともありませんからね。たぶん」
カーライルの提案を聞いてメルサーヌが眉間にしわを寄せる。
「ちょっと、この期に及んでもまだ私をただ働きさせようとするのはやめてちょうだい」
「やれやれ。仰せのままに我が主」
玉座について自分たちを睥睨する身分になってもまだ悪漢同然の下卑た軽口を叩き笑い合う彼らを見て、ベッケンハイムの職業騎士たちの胸中には怒りよりもどす黒い不安が渦巻いていた。
自分たちは無事に済まずともこの町は彼らに託さざるを得まい。自分たちもそうして来たように、それが戦国の世の習わしだ。
しかしどうだ? 彼らに平民を統治など出来るのか? いや、そもそもする気があるのか?
彼女らは奪ったこの町を、気の向くままに蹂躙し無人の荒野にしてしまうのではないか?
せめて彼らが騎士然と、支配者然とした者らであれば。しかしもはや自分たちに打てる手はなにも無い。どれだけ不安に思おうとも生きられる者にしか出来ることはないのだ。
この場に捕らえられた全員がそう考えていた。
「お待ちをメルサーヌ殿」
そう言って這うように前に進み出たのはそれまで黙っていたバロキエの娘、ガルティエだった。
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