忠臣集う簒奪者2
剣も鎧も鮮血で染まりそれが出血によるものなのか返り血なのかもわからないほどだが、それでも肩で息をしながら未だ扉の前を守っている。
「おお、お二方……早い、お着き……ですな」
強がって笑うタルカスを見てふたりも楽しそうに笑みを返す。
「お元気そうでなによりです」
「ちょいとあって早く片付いちまってな! もしかして、こっちも職業騎士はあんま来なかったろ」
「こちらにはふたりほど、それもバラバラ、でしたな。……おかげで、命拾いしましたが」
職業騎士同士の戦いは常に死と隣り合わせだ。ふたり同時ならまず勝機は無く、連戦とはいえふたりに勝利出来たのも僥倖と言える。これ以上の数が来ていたらタルカスはとうに倒れていただろう。
見てきた状況とタルカスの話を合わせてふたりは渋い顔をした。
「これはやはりお小言ですね」
「だなあ」
「どういうことで?」
首を傾げるタルカスに
「道中何人もの職業騎士が倒れているのを目にしました。恐らく彼らのうちのいくらかはここに来るつもりだったのでしょうが……」
「ほう……それが、しかし既に倒れていた、と……」
「実は身内に腕利きの暗殺者がいるのですよ。とはいえここまでの仕事はお願いしていなかったのですが……まあ、計画書から詰めの甘さを読み取られたんでしょうね」
「お陰で城門のほうは想定したより手薄だったみてえだし、済んだ話さ」
今までは余裕の無かったタルカスだが、窓の外では城門が開け放たれ、脱走した囚人たちが内周城壁の門へ向かっていく姿が見えている。
「ともあれ……順調、ということですな」
「ええ、ええ。あとは外次第と言ったところで」
「んじゃ、俺様たちもそろそろ領主様とご対面と行くか!」
「あっはっはっはっは! ごらんなさいバロキエ、内周城壁の門も突破されたわ! これであんたのベッケンハイムはお終いよ!」
彼女は身に纏う紫紺の裾を翻して両手を広げ振り返る。その深い十字傷と共に浮かぶ表情は狂気を滲ませるほどに朗らかだ。
「カーライル!」
「こちらに」
「アドニス!」
「おうよ」
ふたりの姿を見てメルサーヌは満足げに頷く。
「この十年間、大義でした!」
「「恐悦至極に存じます我が主よ」」
ふたりが口を揃えて返す。
「タルカス!」
ややよろけるようにタルカスが跪く。
「はっ」
「ラティメリア!」
ラティメリアが緊張した面持ちでバロキエには剣を向けたまま慌てて跪く。
「は、はひっ」
メルサーヌはふたりへそれぞれ視線を向けて腰へ手を当てる。
「再会して間もないというのによく決断してくれました。その忠心に称賛を」
「過分なお言葉、痛み入ります」
「も、勿体なきお言葉にございますっ!」
ふたりが口々に返したその瞬間、扉の影から飛び込んで来た者があった。全員に隙が出来るのをじっと待っていたのだ。
「父上の執務室で茶番はそこまでだ! この簒奪者め!!」
切り揃えられた黄金色の髪に革の防具を身に着けた乗馬服の女が、刺突剣を構えて矢の如き鋭さでメルサーヌへ飛び掛かる。
しかしその切っ先が彼女へ届くことは無い。
カーライルがその鼻先に創り出した魔術障壁に激突し、弾けるように跳ね上がったアドニスが叩き落しタルカスがのそりと抑え込む。
「辛抱強いのは良いことですが」
カーライルが小馬鹿にしたように囁く。
「だったら黙って飛び込んでくるべきだったなあ」
アドニスが同情するように呟く。
そしてメルサーヌは満面の笑みで彼女を迎えた。
「初めましてガルティエ・イオリス・ベッケンハイム、私があんたのお父様の仇になる女よ」
「お、おのれ、そのようなことは絶対にっぐがっ」
「まあまあ慌てないの」
吠えようとしたその口にハイヒールのつま先を捻じ込んで、この部屋の新たな主がラティメリアに視線を向ける。
「この子もしばらく黙らせておいてちょうだい」
「承知致しましたっ!」
猿ぐつわを噛まされる彼女を一瞥したあとバロキエへ視線を向けるメルサーヌ。彼は血相を変えてなにか叫んでいるが猿ぐつわが言葉を阻んでいる。
「さてと、楽しくなって来たわねえ?」
城の庭で鬨の声が上がっていた。
戦いはほとんどの者にとってなにが起きたのかわからなかったほど瞬く
領主襲撃犯の上げた狼煙により周辺の山野に潜んでいた騎兵と歩兵を積んだ馬車が一斉に城下町へと殺到、予め潜伏していた下流街自警団メンバーが外周城壁周辺の扇動と門の開閉機構を破壊し、兵はそのまま僅かな損耗で外周城壁を突破。
同時に城内で罪人として囚われていた悪漢たちの一斉脱獄が発生。城門は内側から破壊され、脱獄囚たちは示し合わせたように内周城壁の門へ内側から殺到、外から侵入してきた敵に気を取られていた衛兵たちは背後からの強襲を受けて瓦解した。
さらに城内では多くの衛兵や職業騎士が一部脱獄囚による略奪行為への対処に追われ混乱を極める状況下、主犯である狂犬一家の郎党により城内戦力の多くが脱落。
領主親子が生け捕りになり敵兵が城内にまで達した時点で、残っていた衛兵と職業騎士が投降の意を示した。
後世まで語られる電撃戦である。
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