忠臣集う簒奪者

忠臣集う簒奪者1

 十歩もの距離を一足に飛び越える強靭な脚力を更に強化魔術で押し上げた宿六やどろくが誰憚ることなく城内へ突入する。

 音が散りやすく相手が飛び道具を自由に使える屋外での戦闘に実は若干苦手意識のある宿六やどろくだが、屋内では高い機動力と残された四感を生かして縦横無尽に跳ね回る。彼は行く先々で一方的な殺戮を繰り広げていた。


「おらおら! 命が惜しいやつは退きやがれえ!」


 目の前で何人もの同僚がなすすべなく一方的に薙ぎ倒されていく様を見て、それでもなお心折れずに立ち向かえる者などそうはいない。

 宿六やどろくを止めるべくやってきた衛兵たちも実際に彼と相対すれば及び腰になり、あるいは恐れに負けて背を向け逃げていく。囚人脱走の混乱もあって城内の士気は崩壊しつつあった。


 そんな調子で既に十数人をその手にかけた宿六やどろくがゆっくりとその足を止める。

 行く先に立ちはだかる人影はみっつ。どのような状況でも心折れての敗走など許されない自尊心と忠誠心に支えられた義務感の権化、職業騎士。


「三対一か。はっ! 昔を思い出すぜ」


 宿六やどろくはかつて三人の追手を同時に相手取り、結果その視力を失っている。ここぞの場面でまたしても三対一を強いられることに、彼はある種の運命じみたものを感じていた。

 向こうは鎧も盾も完備で全員剣を抜いて前ふたり、後ろひとりの陣形を取った。宿六やどろくも転がっていた盾と剣を拾って構えるがさすがに分が悪い。

 衛兵たちは三人の職業騎士の後ろで固唾を飲んで見守っている。


 絶望的だがここで時間を掛けるわけにはいかない。引くなんてもってのほかだ。


「お困りのようですね宿六やどろく


 そのとき背後から誰よりも良く知る気配が現れた。


「おせえぞ薄鈍うすのろ


「ははは、なんといっても薄鈍うすのろですからねえ!」


 薄鈍うすのろは道中で拾ってきたと思しき剣を宿六やどろくへ差し出す。


「でもに合ったんじゃありませんか?」


 宿六やどろくはニヤリと笑って盾を捨てるとその剣を受け取って二刀流で低く正面に構える。


「まあギリだな」


「それは重畳」


 職業騎士三人が前に出るのと宿六やどろくが集中力向上を行うのが同時。一瞬無防備になる彼を守るように薄鈍うすのろが散弾状に衝撃魔術を放ち怯ませるが、彼らは盾を前に背を丸めてそのまま突き進む。

 衝撃の嵐を突き抜けたとき、死角となっていた頭上を飛び越えた宿六やどろくが後詰めの兜にかかとを振り下ろしていた。鎧ごと床に叩き付けられる鈍い音が響く。

 前のふたりは、しかし後詰めのひとりを犠牲にしてでも薄鈍うすのろの処理を最優先すべきと判断した。ふたりが同時に剣を振り上げる。


「丸腰の僕を倒せばそのあいだに後ろのひとりが倒されても二対一ですから、職業騎士なら当然そうしますよね」


 薄鈍うすのろから見て右側の職業騎士だけが剣を振り下ろした。腕一本で魔術を行使するなら盾は使えず受けられない。ならば下がるか躱すしかなく、どちらを選んでもその隙を突いてもうひとりが確実に仕留める。

 当然その意図は薄鈍うすのろも理解している。

 ニタリと口元をいやらしく歪ませて左手の指先で宙をなぞると小さな障壁をに作り出してその剣を左側へと往なした。ふたりの職業騎士が同時に目を見張る。

 魔術士とは集団戦において支援や大規模攻撃を行う者であって、魔術による近接戦をこなす者がいるというのは完全に盲点だったのだ。

 ひとりめはに剣を逸らされてたたらを踏み、待ち構えていたふたりめと薄鈍うすのろあいだに割り込んでしまう。

 これではふたりめが十分な踏み込みを行えない。


 どうする?


 剣を振り上げたまま迷った彼はその刹那の隙に背中から刃を突き込まれた。

 宿六やどろくは蹴り倒した後詰めの職業騎士に止めを刺さず瞬時に切り返してふたりの背後に迫っていたのだ。

 根元近くまで深々と刺した剣を迷わず手放した宿六やどろくは目の前で姿勢を崩しているもうひとりの股間を全力で蹴り上げる。当然防具はあるが強化魔術を施された彼の蹴りを受けて無事では済まされない。

 一瞬で白目を剥いて意識を失い、床に伏すのを待ちもせずにもう一本の剣で延髄を貫かれて絶命する。

 しかしまだ終わっていない。最初にかかとを受けて倒れた後詰めの職業騎士が起き上がり迫って来ているはず。


「おや……起きませんね」


 鼻をひくつかせて状況を察した宿六やどろくが集中を解いて溜息を吐いた。


「もう死んでる」


 うつ伏せに倒れたままの首元から鮮血が広がり始めていた。念のため宿六やどろくが蹴って仰向けに転がすと、大きく、そして鋭く切り裂かれた喉元が露わになる。

 その傷を見て薄鈍うすのろもなにが起きたのかを察した。あの瞬間、この場は三対三、実はもうひとり味方が居たのだ。誰にも気付かれることなく静かにひっそりと。


「なるほど、これは心強い」


「そうだな……あとでまたお小言がありそうだがよお」


「ああ、それは……そうですね。いやはや……」


 ふたりはぶつぶつと言い合いながらその場を離れて城の上階、執務室へと急いだ。

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