狼煙に立つ郎党4

 同時刻。地下牢に繋がれた薄鈍うすのろ宿六やどろくもまた狼煙の爆発音を聞いていた。


「始まったようですね」


「ああ、衛兵共がバタついてやがらあ」


 ふたりは隣りの牢にそれぞれひとりずつ入れられ、手首と合わせて固定する板状の首枷は金属製、ご丁寧に複数の錠前までついている警戒ぶりだ。今は壁越しに背中合わせに会話をしている。


「それではこちらも始めましょう」


「おうよ、ちょいと待ちな」


 宿六やどろくは天井を仰いで集中力を高め、その知覚範囲をゆっくりと広げ始めた。それは水のように煙のように通路から各房へ、そして牢番の詰め所までも余すところなく浸透していく。


「……見張りは全員居ねえな。この騒ぎで残らず地上に出やがった」


 目当ての物までの経路を認識した宿六やどろくがゆっくり囁く。薄鈍うすのろは黙って頷くと“幻肢創像”で右腕を作って言葉を返した。


「愚かですねえ。ま、いいですけど。では誘導をお願いします」


「おう。まず通路を右」


 薄鈍うすのろは目を閉じて右腕の形状認識を上書きする。これは自由に伸びて自在に曲がる化け物の腕だ、と。魔力でかたどられたひとならざる腕が廊下をするすると伸びていく。

 幻肢痛を元に作られた腕を強い想像力で更に異形へと変化させる切り札中の切り札。元々“幻肢創像”自体消耗が激しく長時間の使用には耐えられないのだが、その上幻肢痛を形の基盤に出来ないこの魔術は戦闘では使い物にならないほど高い集中力を要求する。

 しかしこのような場面で裏をかくのには最適な能力だった。


「よし、そこで右に曲がって進め。そこで左。詰め所の扉が開きっぱなしじゃねえか、不用心なやつらだ」


 薄鈍うすのろは伸ばした腕が視界を出てしまえばそこから先を見ることはできないが、宿六やどろくと協力すれば死角での作業も可能となる。


「もう少し上、それから直進だ。壁に鍵束が掛かってる」


「よし、取りました。見張りがいなくて始末する手間が省けましたね」


「まったくだぜ」


 口々に言いながら薄鈍うすのろは鍵束ごと右腕を戻した。そのまま鍵を物色すると自分の首枷と牢の錠を外し、続いて宿六やどろくの牢と首枷を外す。


 ふたりは通路へ出ると宿六やどろく薄鈍うすのろから強化魔術を受けて一足先に地上へ向かい、薄鈍うすのろ本人は牢に残っている囚人たちへ声をかけ始めた。


「どうも皆さん、ご存知かもしれませんが狂犬一家の薄鈍うすのろです。お祭りが始まりましたので今から皆さんの牢を開け放って周ります。元締めから話を聞いている方はご協力お願いします。聞いていない方は」


 少し間を持って楽しそうに続ける。


「まあなんにせよ牢の鍵は開けてしまいますので、脱走するなり略奪するなり好きにしてください。ああ、もちろんご協力いただければお礼は惜しみませんのでお声がけくださいね」


 彼はそれだけ言うと片っ端から牢の鍵を開け始めた。


「既に宿六やどろくが先行して暴れてますが彼は城の上に向かいますから、城門へ向かう方はある程度固まって行動してくださーい!」


薄鈍うすのろさんよ! 行き掛けの駄賃は好きに貰っていいのかい!」


「城内ならご自由に! ただし死んでも面倒はみませんよ! あと火付けはご遠慮願いますね!」


「ヒャッハーそりゃいいや! 楽しくなってきたぜえ!」


 今回の計画に当たって、自警団の元締めグレッセンはあらかじめ信用できる一部の囚人に有事の際は狂犬一家に従うよういくつかの指示を伝えていた。彼らは最初から狂犬一家の手勢として城内から攻撃を行うべく送り込まれていたのだ。

 そして状況を知らない残り多くの囚人たちも悪名高い狂犬一家の扇動での大脱獄劇ともなればここで乗らないはずがない。

 結局ごく一部の以外はみな脱獄に加担し、混乱に乗じてほとんどが一丸となって内側から城門へと殺到した。


 城内に侵入した宿六やどろくが衛兵相手に暴れているところ囚人たちの集団脱獄、領主バロキエの元へ向かった伝令は戻らず衛兵たちも居合わせた職業騎士たちも瞬く間に大混乱に陥った。

 誰も彼もが目の前の敵に対処するのに精いっぱいで、軍を統率して外からの敵を迎え撃つなど到底できる状態ではなくなっている。

 もはや全てが彼らの手のひらの上だった。

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