狼煙に立つ郎党3
ベッケンハイムの城壁は上流街と中流街のあいだにひとつ、下流街を囲むよう外周にもうひとつあり、それぞれ衛兵が持ち回りで監視についている。
ラティメリアが窓の外へ投げた狼煙は障害物のまったくない高所で炸裂したため、いくつかある外周城壁上の衛兵詰め所からも当然見えていた。
「おい、なんだ今の音。城からなんか煙出てんぞ?」
「マジかよ……あれ、バロキエ様の寝室か執務室辺りじゃね?」
「敵襲? いやでも城の中だろ。どうなってんだ……?」
当然この時点でバロキエが襲われているなどという情報を知る者は誰もいない。静かに混乱が広がるなか、それでも忠実に周辺警戒を続けていた衛兵が悲鳴のように叫んだ。
「敵襲! 敵襲だ! 山からわらわら出てきやがった!」
ベッケンハイムを囲む山々から一斉に騎兵が駆けてくるのが誰の目にも見えた。山の麓に広がって潜んでいたのだろう。百か二百か、山賊が徒党を組んで揃えられるような数ではない。
さらには盾を持った歩兵が幾人も積まれた荷馬車が後続しているのが見える。こちらは人数にすると騎兵の倍以上は居るだろうか。
単純な数だけを言えばこちらは本拠地、敵の十倍以上は優にある。だが、なんの兆しもないまま突然喉元に迫ってきたそれを打ち払うため即座に対応できるとなると、そのうちの一割にも満たない。なんの準備もなしに動ける兵士は存外に少ないのだ。
「これは、ヤバいぞ。鐘を鳴らせ! すぐに門を閉じろ! バロキエ様に報告を!」
城から山までは穀物畑が広がっており非常に見通しが良い。つまりろくな障害物もない。速度を見る限り一刻の猶予もないだろう。
衛兵長が怒鳴るように指示を出していく。
壁上の警鐘が一斉に鳴らされると城下町への検問が中止され門を閉じる指示が出された。混乱を避けるため敢えて事情を説明せずに検問待ちの人々を下がらせ始めるが……。
その中から苛立ちを含んだ声が上がった。
「今のって敵襲の鐘だろ!? 俺たちを締め出して見殺しにしようってのか!」
「お、おい。落ち着け。静かにしろ」
衛兵が宥めようとするが被せるように別の男が叫ぶ。
「俺たちも入れてくれ! 殺されちまう!」
「早くしてくれ! もう砂煙が見えてる! 皆殺しにされるぞ!」
不安と恐れ、それに見殺しにされるという怒りは瞬く
「やめろ! 勝手に入るんじゃない! 検問破りは重罪だぞ!」
「うるさいどけ!」
衛兵の制止を振り切ってどんどんひとが流れ込んでいく。
もはや治安維持のために斬ってでも止めるしかないと責任者が覚悟を決めて剣の柄に手をかけた瞬間、彼は後ろから刺されて小さな呻きと共に崩れ落ちた。
背後から現れた整った顎髭の男はそのまま人ごみに紛れ、次々衛兵を刺していく。さらには検問待ちに紛れて扇動を行っていた男の仲間たちが門の開閉機構を破壊した。
今、同時進行で外周にあるみっつの門すべてにおなじ工作が行われている。もはや外周城壁は僅かな衛兵が高所を抑えているだけで障害としての役割はほとんど果たせなくなっていた。
「もう十分だろう。下流街の住民を誘導するぞ」
工作員として門を無力化したら次は自警団として住民を守らなくてはならない。やることの多さと矛盾に顎髭の男は深くため息を吐くのだった。
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