狼煙に立つ郎党2
「入れ」
バロキエの横柄な声を確認してラティメリアが扉を開き「お客様がいらっしゃっております」と
「おいラティア、なんだその女は。ワシはなにも聞いとらんぞ」
そう言いつつも視線は
「お初にお目にかかりますベッケンハイム侯バロキエ様。貴方様には以前父と母が大変お世話になりましたもので、是非ともご挨拶させていただきたく参上致しました」
「ほう……名はなんという?」
聞いてみないとわからないが、親の世話をしたのであればなんやかんやと付け入ることができそうだとバロキエは期待に身を乗り出した。
「メルサーヌ・シシリィ・ドルガノブルク」
「あんたが十年前に騎士団長を騙し討ちして滅ぼしたドルガノブルクの一人娘よ!」
バロキエは完全に虚を突かれていた。ドルガノブルク? 十年前? あの白金の髪は? 顔立ちもどこかで見覚えが……。
「あっ」
彼が己の所業を思い出すより一瞬早く、かつらの中に隠されていた投擲用の短剣が
「ぐうおおおっ!」
くぐもった悲鳴を上げながらもバロキエとて乱世の雄、無事な左手で執務机にかけてあった剣の柄を握る。次に
「ざーんねん、ひと払い済みでしたー! 扉の前はタルカスが守ってるからもし誰か駆け付けてもすぐには入ってこれないわよ?」
嘲笑うような
「タルカスだと!? あんの、恩知らずがっ!」
「もうちょっと厚遇しといてあげたらよかったかもねー? ご愁傷様♪」
「この小娘がっ……おいラティア、お前もなにをぼさっとしている! さっさとひとを呼びに行かんか!!」
「我が名はラティメリア・フォン・カルムネー。十年前に領境を定める会談の場で騙し討ったドルガノブルク“蒼き水蓮”騎士団長、ラグワルド・フォン・カルムネーの娘にございます」
彼女の申し訳なさそうな上目遣いの瞳には、しかし暗い復讐の炎が灯っている。
「ここにバロキエ様の味方はひとりたりとておりませぬ。お覚悟召されよ」
「き、さ、ま、も、かあっ」
今まで思う様弄び続けてきた娘さえも反逆した事実に逆上しかけたバロキエだったが、強い自制心で怒りを押しとどめる。
「……貴様、こんなところまで堂々乗り込んできた度胸は大したものだが、首尾よくワシを殺せたとして生きて城を脱出できると思っておるのか?」
ひと払いなどと言ってもここは領主の執務室。いずれ誰かしら用があって訪れるに決まっている。ここは少しでも時間を稼ぐべきだというのがバロキエの考えだった。
「え? 脱出の必要なんかないわよ?」
「んじゃ、やっちゃってー」
「承知致しました」
彼女は切り詰められた使用人服の内側に辛うじて隠されていた握り拳ほどの鉄球を取り出すとバロキエに向けて大きく振りかぶった。
「恐らく非常に危険ですので伏せておられたほうがよろしいかと」
そう言いながら投げつけられた鉄球はバロキエを大きく外して窓のガラスを割って表へ飛び出し、次の瞬間大爆発を起こす。
残った全ての窓のガラスが衝撃で砕け散り、巻き込まれたバロキエも爆風で床に転がった。
城の最上階近くにある執務室。その外に爆発と共に発生した不自然に赤い煙が大量に立ち込めている。
満足に立ち上がることもできずに視線だけを窓の外に向けたバロキエが呻くように声を絞り出す。
「こ、これは……狼煙、かっ」
「ぴんぽーんっ! 賞品は私さまのおみあしでーっす!」
爆発の瞬間大きく踏み込んでいた
脳を揺らされ意識の朦朧としたバロキエを覗き込んだ
「それじゃ狂犬一家の城盗り、はっじまるよー!」
「な、馬鹿……な……
狂犬一家は昨晩ふたり捕らえたばかりのはず。いやしかしそれを捕らえてきたのはタルカスだ。そして
全ては仕組まれていた動きだったとしか考えられない。
ベッケンハイム城のほぼ最上階から放たれた狼煙は周辺の山林どこからでも見えただろう。
それらが意味するものは……。
「貴様、まさか……」
震える声で問うバロキエを
「んふふー。ナカもソトも、めちゃくちゃにしてあげちゃうんだから、ね?」
窓の外からは、既に遠く
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