問われし敗北者3

「逆にお伺いしたいのですが、あなたが仇の軍門へ下ったのは人情と正義のためだとでもいうのですか?」


 薄鈍うすのろの言葉にタルカスは震えながら頷く。


「そ、そうだ。残された領民の立場を思えばこそ……かつて支配した騎士のひとりもなくなれば……誰が彼らの生活を守るのだ」


「そうだよなあ! じゃあなんでお前は地元じゃなくこんな奥地、ベッケンハイムの中央でねずみ取りの真似事なんぞやってんだ! ああ!?」


 宿六やどろくが叫ぶように問い、手近な死体を蹴り飛ばす。


「あなたは元の領民が今どんな生活をしているか、どんな脅威に晒されているかご存知ですか?」


 ふたりの詰問に言葉を返せないタルカス。しかし宿六やどろくはあっさりと言葉を返す。


「まあ、言っても別にそんな冷遇されてるとかじゃねえけどよお」


 ほっとしたのも束の間。


「やはり……ご存知ではありませんでしたね? タルカス殿」


 薄鈍うすのろの隙間を刺すような言葉に心の臓を掴まれるほどの圧を受ける。


「それは……」


「お前さあ、ラティア・ルネカム、知ってるよなあ?」


 言い訳は許さないとばかりに宿六やどろくが続く。

 ラティア・ルネカム。

 ベッケンハイムの職業騎士ならば誰もが知っている、バロキエが今最も寵愛する玩具。

 タルカスも当然知っている。

 知らないはずがない。

 彼にとって彼女は、それ以上の特別な存在なのだから。

 それでもなお、タルカスは今の今まで見て見ぬふりを続けてきた。もはや言い逃れはできない。


「知っている……お、俺は……」


「ならば結構です」


 今にも始まろうとする懺悔の言葉を、しかし薄鈍うすのろは鋭く打ち切った。


「我らとしてはあなたにも恩がないわけではない。今すぐ馬を走らせてこの町を去るとよいでしょう。ええ、ならば敢えて追うことはしませんとも。そしてこれからこの町で起こる全てに知らぬ存ぜぬをお通しください」


「なん、だと……?」


 その疑問を宿六やどろくが大声で打ち払う。


「うるせえ! こうもり野郎はお呼びじゃねえってんだよ! さっさと失せやがれ!」


 その雷声らいせいにタルカスは彼らの目的を、この町でこれから起こるであろう動きを、その全てを察した。

 自分が小さく己の居場所を求めているあいだにも、彼らは不屈の意志で不断の努力を続けていたのだという現実を理解した。


 タルカスは羞恥と悔恨に震えながら膝を付いてこうべを垂れる。


「俺を許さなくて構わない……当然だ。だが、どうか頼む。これから事が終わるまで、俺にも助力することを許して貰えまいか」


 その姿を見た薄鈍うすのろが問う。


「何故です?」


「それは……人情でも正義でもない」


 タルカスは答える。


「大義ゆえに」


 その言葉を聞いた宿六やどろくが迷うことなく紋の入った懐剣を投げた。それはタルカスがかつて仕えた領主の家紋。


「東の島国には指やらなんやらを切って責任を取る文化があるんだってよ。 お前はどうだ? お前の大義が信用に足るって示せんのか?」


 タルカスは察していた彼らの立場とその目的にはっきりと確信を得た。

 そして眼前に突き立った懐剣の本来の持ち主を理解し、だからこそ敢えて懐剣を手にはしなかった。

 代わりに左手の鉄甲を外すと中指、薬指、小指の三本を頬張り迷いなく食い千切る。

 タルカスは膝を付いたまま苦痛の呻きを押し殺し、肉片と化した三本の指を傍へ吐き出し顔のみを上げた。


「主君より預かりし刃を今更我が血で汚すなど畏れ多い。生きて事を終えればこの首を持って贖おうと構わん。まずは三人へ、我が左指三本を持って担保とできないだろうか」


 屋敷内に、また静寂が訪れた。

 その左手ではもう盾は持てないだろう。もしいざという場面でベッケンハイムについたとしても半端者と扱われ立場はさらに苦しくなる。

 しかしまだ剣を握ることはできる。これは命を捨てて忠義を尽くす意志の表れだろうか。

 薄鈍うすのろも、宿六やどろくも、しばしなにも言わなかった。


「どうしますか?」


 薄鈍うすのろの言葉に宿六やどろくが大きく溜息を吐く。


「お前が兄貴分だろうが」


「あ、汚いですね宿六やどろく!」


「はっ! 知らねえなあ!」


 またしばしがあって、薄鈍うすのろが答える。


「タルカス殿、あなたの忠義を信じましょう。ご助力、こちらからもお願いしたい」


「無論だ。ありがとう……」


 タルカスが答えた瞬間、薄鈍うすのろ宿六やどろくが向きあった。


「され、それではタルカス殿は止血などしながらしばしお待ちを」


「今から仕事の用意すっからよお!」


 タルカスが理解する間もなく、薄鈍うすのろが左腕を宿六やどろくの顔面へと叩き付けた。

 大きく仰け反った宿六やどろくはしかし即座に体勢を立て直し、大振りの拳を薄鈍うすのろの腹へ打ち込んだ。彼もまたふらつくが倒れはしない。


「ってぇな! ケツつけたほうが負けだかんな?」


「ええ、ええ。投げなし打撃のみ。いつもの取り決めでやりましょうか」


 理解できないのはタルカスだ。


「お、おい、いったいなにを……」


 薄鈍うすのろが笑って答える。


「あなたが僕たちを捉えて連行するんですよ」


 宿六やどろくもまた笑って続ける。


「だったら俺様らが無傷ってわけにはいかねえだろ。それによお」


 ふたりは威嚇するように笑みを向け合って言った。


「失敗していい戦いではありませんが、次があるとは限りませんからね」


「お前とは最後にすっきり白黒つけときたいよな。なあ!?」

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