問われし敗北者
問われし敗北者1
職業騎士タルカス・フォン・ディルボルトは、同僚にして上司であるイーヴァン・フォン・ベッケングリークの指示に従いただひとりザルバ邸裏口から侵入した。
バロキエに滅ぼされた領から投降した騎士たちは同じ地位でありながら、やはり代々仕えてきた直参の騎士とは扱いが違う。同じ部隊に配属されても頭が上がらず手柄を立てにくい配置を強いられることがままあった。
タルカスの立場がまさにそれであり、今回も当然の如くただひとり裏口から賊の逃亡を警戒しつつ侵入せよとの命を受けている。
十分な戦力を正面に回して一気に制圧、逃亡経路にもそれなりの戦力を配置したいと考えるのであれば、ふたりの職業騎士がいれば一方を後方に配置する判断自体は合理的なのでタルカスも異は唱えられない。
いつも自分がその役目だという不満を除けば、だが。
しかし今回ばかりは様子が違った。突入した正面組からは少々争うような音が聞こえてきたが、すぐにばったりと止んでしまったのだ。
賊が逃げたのであればイーヴァンは大声で指揮しながら追うだろうし、そもそも賊がこちらにくるはずだ。
正面組は接敵ほどなくして全滅し既に手遅れ。合理的にはそう考えるのが正しい。
しかしタルカスは迷う。
この推測は職業騎士として妥当なはずだ。だがその判断に、長年冷遇されてきた心根が、希望的観測が混じっているのではないかと卑屈に囁くのだ。それはあの高慢なイーヴァンが賊に返り討ちに遭って欲しいという願望なのではないかと。
とはいえ、迷いつつもするべきことが変わるわけではない。裏口から賊を逃がさないよう意識しつつ正面組と合流するまで単身前進を継続する。それが与えられた任務なのだから。
そして幸い、というべきではないのだろうが、その迷いはすぐに払拭される。事前の見取り図で確認した中央階段前の広間から漂ってくる鮮血の香り。ひとりふたりではない。
タルカスはその匂いを賊のそれとは考えなかった。イーヴァンが健在であれば間違いなくもっと騒いでいるからだ。もはや疑いの余地はない。生存者の有無はともかく、戦力としては全滅と考えて間違いないだけの損耗を受けている。
広間へ続く扉の前まできたタルカスは金属鎧を身に着けているとは思えないほど静かに扉の向こうの気配を伺う。
その刹那、慇懃無礼な声が掛かった。
「扉の向こうのお
びくりと扉から離れた拍子に挑発的な声が続く。
「ツラも見せずに犬っころみてえに尻尾を巻いて逃げても俺様たちは構わねえがな! 負け犬にはお似合いだ!」
負け犬。その言葉はタルカスの胸に深く刺さった。自分は、またしても……。その言葉に折れそうになった心で、いや、むしろ折れたからこそだろうか。彼はその扉を開け放った。
予想通りの死屍累々。怨念を放つが如く目を見開いたまま事切れているイーヴァン。相対する男はふたり。
隻腕の魔術士と盲目の拳士。
情報通りであるのなら、彼らこそが狂犬一家の首魁である
情報にある三人目の存在を警戒しつつ、タルカスは広間へと踏み込んだ。
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