誇りに驕る騎士3

 イーヴァンは並び立つふたりの向かって右手側、薄鈍うすのろへ狙いを定めて踏み込んだ。

 薄鈍うすのろ宿六やどろくはそれぞれ右手に剣、左手に盾を構えていてそれはイーヴァンも同様だ。それぞれをひとつの武器と見做したとき四対二、無計画に正面からは押し込めない。

 崩すべきは端から、個人も集団も戦闘とは突き詰めれば同じこと。自分が剣を握っている側から片付けるべきだと彼は判断した。

 剣で盾を排除しながら薄鈍うすのろを斬り、そのあいだ残りみっつの武器を盾一枚で捌く。


 問題ない。賊如き相手にその程度は職業騎士なら誰でもやれる。


 盾を宿六やどろくへ向けながら、腕を内から外へ横薙ぎに剣を振るう。

 刃を当てるつもりはない。まずは盾のふちに剣の鍔を引っ掛けて薄鈍うすのろの守りをこじ開け、返す刃が本命だ。一撃で首を刎ね、二対一の不利を解消する。


 しかしその目論見は脆くも崩れ去った。


 剣の鍔は上手く盾に掛かったが、そこからぴくりとも動かないのだ。薄鈍うすのろの顔に冷ややかな笑みが浮かぶ。


「僕はね、普段左腕一本で日常生活を送っているんですよ? 両腕を自由に使えるあなたたちとは当然、腕力も握力も重心使いもなにもかもが違いますとも」


 そのあいだにも盾に阻まれた宿六やどろくが弧を描くようにイーヴァンの背後へ回ろうとしている。

 薄鈍うすのろの身体が僅かに揺らめいた。

 瞬時によぎる死の予感。

 宿六やどろくの旋回に合わせるように、薄鈍うすのろの盾に掛かった剣を軸にその身を反転させる。イーヴァンの動きに一瞬遅れて、その場を剣の切っ先が走った。

 薄鈍うすのろが自分の影に隠した長剣を肘と手首の動きだけで繰り出したのだ。力も乗らず間合いも短いが鎧の隙間を穿てばそれでいいという、にきた技だ。密着した状況かつ予備動作の視認が難しく大抵の相手なら必中だろう。回避できたのはイーヴァンの長年培われた勘あればこそだった。

 至近距離での混戦に特化した戦闘技術。この距離は拙い。

 一旦距離を置こうとしたイーヴァンだが、そこに薄鈍うすのろが呼吸を合わせて引き剥がすように盾を振るい、鍔が掛かったままだった彼の剣を奪い取った。

 剣は勢いよく部屋の隅へ転がっていき、それでもイーヴァンは姿勢を立て直しながら予備の小剣を抜いて追撃に身構える。

 しかしふたりは敢えて追撃せず、そのを使って自分たちも並び立ち直し構えを整えた。


「くっ……」


 イーヴァンが苦々しく呻く。

 こんなはずではなかった。職業騎士や高名な冒険者から逃げ回っているばかりの野良犬風情が、まさか自分と渡り合えるほどの腕前を持ち合わせているなど。

 相手の力量を見抜けず万全に奥の手を整えさせたうえで正面から二対一を受けてしまったのは己の未熟以外のなにものでもない。

 だが野盗風情にそれを認めるなど、由緒ある騎士家の跡継ぎとして生きてきたイーヴァンには到底できなかった。


「き、貴様ら……」


 その怒りと恥辱は目の前のふたりに対するものか、それとも己の愚かさに対するものなのか。どちらともしれぬ震えた声が漏れた。


「ええ、ええ。心中お察し致しますとも」


 そんなイーヴァンに向けて薄鈍うすのろが邪悪な笑みを浮かべる。


「我ら狂犬一家、卑怯卑劣の誹りは誉れでございます。どうぞ存分に吠えてくださいませ」


 その言葉に追い打つように宿六やどろくが続ける。


「おら、犬っころみてえにキャンキャン吠えてみろよ! なあ!」


 安い挑発だ。しかしイーヴァンの自尊心はそれに耐えられるだけの強度を残していなかった。


「きっさまらあああっ!!」


 小剣を大きく振りかぶり、宿六やどろく目掛けて妨げるあらゆるを砕かんばかりに振り下ろす。

 しかしその右脇に差し込まれた薄鈍うすのろの盾はイーヴァンに十全の振り下ろしを許さず、その剣閃は同時に翳された宿六やどろくの盾にあえなく阻まれた。

 そして薄鈍うすのろの剣は斜め下から鎧の隙間を抜いて腹へ、宿六やどろくの剣は側面から首へ、それぞれ突き刺さっている。

 末期の呼吸すらもままならず目を剥いて崩れ落ちるイーヴァン。


「吠えろと言っておきながら首を刺すんですか? 酷い男ですねあなたは」


 呆れたように言う薄鈍うすのろ宿六やどろくは肩を竦めて笑う。


「ああは言ったが考えてみっと俺様吠える犬っころ嫌いなんだよな。耳にキンキンくっからよお」


「あなた割と勢いだけで喋ってますよね」


「まあな。いいだろ別に? 口でなんと言おうが行動が全てさ」


「いやはや酷い話もあったものです。ともあれ」


「ああ、ともあれだ」


 ふたりは軋ませるように口角をあげて攻撃的な笑みを作った。


「「お楽しみはこれからだ」」

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