誇りに驕る騎士2

 衛兵たちは一様に柄の短く刃幅の広い、斬る動作にも対応した槍を携え宿六やどろくを迎え撃った。総員が盾でその身を守りつつ迫りくる敵へ槍を繰り出す、高低差の不利を数で覆す戦術だ。

 しかし寸前に展開された薄鈍うすのろの魔術障壁が槍の穂先を阻み、宿六やどろくは予め察していたようにそれを足場に後方へとんぼを切り階段半ばへ降り立った。

 こうなると身構えていた差が出る。

 宿六やどろくは衛兵たちが狼狽えたその一瞬を逃しはしない。階段を平行に落下するように蹴り出し、衛兵の先頭へ身体ごと突っ込むと勢いと圧倒的な馬力で押し込みながら手前のふたりの喉を鷲掴みに潰す。

 さらにその手から落ちた槍の一本を拾うとまだ立っているふたりへ横薙ぎに一閃。返す刃でイーヴァンへ斬り付け弾かれ、ここで初めて数歩下がった。


「はっはっは、なるほど虚を突くだけなら騎士にも劣らんな!」


 イーヴァンの傲慢な態度にふたりは並び立ちそれぞれ舌打ちする。


「言われてますよ宿六やどろく


「お前もだろうが薄鈍うすのろ


 態度は気に入らないが宿六やどろくの槍を弾いた剣捌き、そしてふたりに相対する立ち振る舞いから並みならぬ敵であることは十分に伝わっていた。


 賞金稼ぎや冒険者を名乗る者らは腕前もピンキリだが、職業騎士の肩書きだけは違う。


 騎士の家に生まれた子どものみが厳しい訓練と幾度もの試験を潜り抜け、苦難の末騎士団に入ってまだやっとスタート地点。そこまできてようやく騎士として生きることをという、選ばれた家系に生まれた自負とそれを背負う覚悟の塊のような自我がなければ選ばない過酷な仕事。むしろ生き様と呼んでもいい。

 だから“弱い職業騎士”なんてものは万が一にも存在しない。

 彼らは例外なく個人戦闘、部隊指揮、騎乗、野営などの技能と知識に優れた闘争と戦争の専門家たちなのだ。


「こいつは……抜くしかなさそうだな」


「ここで時間をかけたくありませんし……仕方がないですね」


 宿六やどろくの苦々しい言葉に薄鈍うすのろも諦めたように深く頷く。イーヴァンはその様子に下卑た笑みを浮かべ、剣を突き付けるようにふたりへ向けた。


「奥の手があるならすべて出し切ってこい、あとでつまらん泣き言は聞きたくないからな。準備に時間がかかるならいくらでも待ってやるぞ? はっはっは!」


「ふむ、それではお言葉に甘えまして」


 薄鈍うすのろが上腕半ばから失われ袖の垂れ下がった右腕を差し出す。


「久しぶりに……利き腕を使わせていただきましょうか」


 差し出された右腕の先に魔力が注入され、まるで肉が湧き出たかのように袖の内側が膨れ上がっていく。それはイーヴァンが呆気に取られている僅かのあいだに左腕と同等の長さまで育ち、袖の先から薄ら輝く手のひらのような気配が現れた。

 薄鈍うすのろはそれに革の手袋を被せると感覚を確かめるように腕と指を曲げ伸ばしする。


「な、なんだ、それは……」


 イーヴァンが震える声で問う。薄鈍うすのろは、腰に下げていた厚く布で包まれていたやや小振りな長剣を抜き取ると手袋に包まれた右手で握り込んだ。


「幻肢痛、というものをご存知ですか?」


「う、失った手足がかゆみや痛みを持つという、あれのことか?」


「はい、それのことです」


 さらに全身の動きを試すように身を翻し足を捌きながら薄鈍うすのろは続ける。


「僕も腕を失って長く幻肢痛に悩まされました。いえ、それ自体は今もあるのですがね? ……これはその痛みを鍵に失われた腕の像を精密に意識下へ描き、存在しない右腕へ向けて複数の強化魔術を重ね掛けしたものです。強化魔術でかたどった魔力の腕、“幻肢創像”」


 大仰に語っているあいだに一通り動きを試し終えたのか、足元に転がっている盾を左手に拾った。


「盾はお借りしますね。死体にはもう必要ないものでしょうから」


 その隙に宿六やどろくもまた密かに天井を見上げ、集中力を限界まで高めていた。それは狭い範囲のみを対象としたときそこにある全ての像を克明に脳裏へ浮かび上がらせ、それこそ神速で振るわれる切っ先までも知覚可能な絶技となる。

 僅かな時間のみ使用可能な宿六やどろくの切り札。しかし薄鈍うすのろのように目立つ技ではないそれをわざわざ大っぴらに語るような真似はしない。黙って厚く布で包まれていた小振りな長剣を右手に握り、やはり盾を左手に拾う。


「それでは、ふたりとも準備できましたので始めましょうか」


 薄鈍うすのろは背筋を伸ばして左腕の盾を前に、身体で右腕とそこにある剣を隠すような半身に構える。


「お望み通りの全力だ。あとでつまらん泣き言を言うなよ?」


 宿六やどろくは背を丸めて左腕は畳んであごに添えるように、右腕は牽制するように剣を前へ向けて小さく構える。

 それは対照的な構えだったが、職業騎士イーヴァンは即座に理解した。


 こいつらは、この佇まいは、ただの野盗や兵士あがりではない。

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