誇りに驕る騎士

誇りに驕る騎士1

「よかったのか? 殺しちまって。無益な殺生はしないんじゃなかったか?」


 下流街で暴動を起こした同日の夜、上流街にある豪邸の二階にある一室で宿六やどろくは足元に転がる不健康そうな肥満の死体を蹴り飛ばした。

 死体の名はザルバ。

 バロキエと長年懇意にしていた豪商であり、使用人として雇っていたラティアをバロキエに売り渡した男でもある。

 薄鈍うすのろ宿六やどろくの疑問にすまし顔で頷く。


「いいんですよ、これは有益な殺生ですから。この男、今更ラティアの素性を調べていたらしいですからね。もしかすると確信を持てなくてもバロキエに余計な進言をするかもしれません」


「それなら仕方ねえか、これだけの商人に貸しを作れなかったのは惜しい気もするが」


「そこは先ほど見逃してあげた息子夫婦に期待しましょう」


 薄鈍うすのろ宿六やどろくはザルバの息子夫婦とその子どもたちが逃げていくのを承知しながら見逃していた。彼らがそれを恩に着るかと言えば、そう都合のいい話にはならないだろうが。


「っと、噂をすれば逃げたやつらに通報されたか? なんかきたな。ちょっと待て」


 宿六やどろくは眉間へ意識を集中しゆっくりと頭を天井へ向ける。儀式的に繰り返された動作によって極限まで高められた集中力が音、空気の流れ、匂い、周辺空間の変化を微細に感じ取る。

 視覚を失った彼だからこそ成しえる高度な索敵能力。


「七人。六人が俺の壊した正面玄関、裏の勝手口にもひとりいるな。動きに恐れが少ない。練度が高い……。正面玄関側の指揮官は職業騎士だ。裏口は……この足取り、呼気、覚えがあるぞ」


 宿六やどろくは凶悪な笑みを浮かべながら意識をこの場へと戻した。


「おい、窓から裏口見てみな」


「なんですか、煩わしい」


 不満を漏らしつつも二階にある部屋の窓から外を伺うと、そこには周囲を警戒しつつ裏の勝手口から屋敷に侵入しようとしている姿があった。

 その警戒、足取りは金属鎧に盾と長剣を携えてなお一端の盗人にも見劣りしない。

 そしてそれ以上に、薄鈍うすのろは侵入者の顔に見覚えがあった。


「ほう、これはこれは……」


 薄鈍うすのろの知的な顔に獰猛な笑みが浮かぶ。それを感じ取ったのか、宿六やどろくの笑みもまた同様のものへ変質した。


「知ったツラだったか?」


「ええ、ええ。それはもう」


「そうか。じゃあ表の阿呆共を皆殺しにしようぜ」


 宿六やどろくの提案を一瞬吟味して薄鈍うすのろも頷く。


「そのあとということですね。いいでしょう」


 ふたりはザルバの死体を転がしたまま音もなく部屋を抜け、屋敷の一階と二階を繋ぐ広間の大階段へと移動した。


 宿六やどろくは暗闇で息を殺して相手の位置を確認すると、大きく飛び掛かり階段を登り終えようとしていた先頭の衛兵の顔面を蹴り飛ばした。

 蹴られた衛兵は即死、しかし雪崩を打って階段を落ちた残り四人の衛兵は即座に立ち上がって臨戦態勢を取り、下で警戒していた職業騎士は巻き込まれすらせず傲慢な笑みでふたりを見上げた。


「出たな、貴様らが噂の狂犬一家か。それにしてはひとり足りんようだが。我が名はイーヴァン・フォン・ベッケングリーク。大人しくお縄につくならこの場で命は取るまいぞ」


 そう言うあいだに衛兵たちは体勢を整えて段上のふたりへ得物を向ける。


「まあ、どのみち貴様らに死罪以外の沙汰はないだろうがな」


 職業騎士の男、イーヴァンは嘲るように続け。


「いやはやなんとも、それは大変ありがたいお話ですね」


 薄鈍うすのろは興味なさそうに返し。


「その頃にはお前は八つ裂きになっているだろうけど、な!」


 その言葉と同時に宿六やどろくが飛び掛かっていた。

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