苦悩する一人娘2

「その仕事は父が命じたのですか? その恰好のまま書類を取りに行ってこいと」


「は、はい。まあ……さようでございます」


 ラティアはふしだらな格好でうろうろするな、などといったお小言を受けるのではないかと若干不安げな表情で肯定した。


「そうよね。あなたも好きでそんな恰好してるわけじゃないものね。まったく、この大変なときに使用人にふしだらな格好をさせて城内を歩かせるような真似をして。部下たちもついてこなくなるというものだわ」


 対してガルティエの態度はラティアの思った以上に同情的だったが、彼女としてはそれはそれで返事に困る。


「え、ええと……その……しゅ、主命でございますれば……私としましては、是非もなく」


 領主バロキエとは拒否権があるような状況ではなかったとはいえ、正式な契約に基づいた主従関係である。ラティアとてこの扱いは当然不服だが、生真面目な彼女はそれを公然と口に出すのを憚った。

 しどろもどろと返事をした彼女の様子にガルティエは心中を察したのだろう。「あなたにも立場があるものね。ごめんなさい」と言って小さく溜息を吐いた。


「その……ご理解賜り、恐縮でございます」


「……父はどうせ私の言うことなんかロクに聞きはしないでしょうけれど、それでも私はあなたの味方だから。どうしても耐えられなくなったら相談しにきて。そうなったら騎士たちを巻き込んででも少し厳しい意見を言わせてもらうわ」


「……あ、ありがとうございます」


 ラティアとしてそれは今すぐにでもご注進いただきたいような、絶対やめて欲しいような、複雑な気持ちである。しかし、彼女は少し思案して恐る恐る口を開く。


「その、ガルティエ様は……あまりバロキエ様のことを……?」


 それを聞いたガルティエは片眉をあげて面白くなさそうな顔で肩を竦めた。


「あんな下衆を好きな女性はいないと思うけど?」


「し、辛辣でございますなあ!?」


 ラティアの驚きの表情に彼女はくすりと笑いを漏らして続ける。


「まあそれでも父ですし、領主ですからね。今の一言は内密に」


「はい……承知致しました」


「ふふ、ありがとう。それじゃそろそろお行きなさい。遅くなればまた父がうるさく言うでしょうから」


「お気遣いありがとうございます。それでは失礼致します」


 深々と頭を下げると、ラティアは逃げるようにその場を離れていった。その大きく開いた背を見送りながらガルティエはもう何度目かわからないが、また溜息を吐く。


 領内の情勢悪化に伴い父バロキエへの風当たりは日に日に強くなっている。あのような悪趣味な遊びに興じていること自体は、権力者の戯れとして度が過ぎるというほどでもない。

 だが城下でもこの話は既に広く知られており、女遊びにうつつを抜かして執務が疎かだという評判がたっている。それが領民や商人たちが心離れして去っていく原因のひとつになっているとガルティエは考えていた。


 今日下流街で起きた暴動が明日は中流街、あるいは城門前で起きてもおかしくないのだ。


「せめて狂犬一家が捕まれば、領民の鬱憤も少しは晴れるのでしょうが」


 口に出してからそれは難しいかも知れないとまた重い気持ちになる。

 衛兵たちでは神出鬼没の悪漢共を捕らえるどころか返り討ちにあいかねない。とはいえ職業騎士たちが城下へ大捕り物に乗り出して万が一逃がしでもすればいったいどうなることか……。


 行き場のない不安や焦りに苛まれているのは、彼女もまた他の者たちと同様なのだった。

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