影に潜む元締め3

 狂犬一家は無軌道にみせかけて、その行動には規則性が隠されていた。


 町を渡る大手の商人を重点的に襲ったのは流通に頼らず大量の物資を確保するため。

 生存者を積極的に生かして返したのは襲撃犯が三人組だと為政者や住民に強く印象付けるため。

 賞金目当ての冒険者や職業騎士の討伐部隊を躱して相手にしなかったのは儲からない仕事、無駄足だとやる気を削いでいくため。

 流通を担う領民から物資を奪い、与える情報を操作し、精神的な負荷をかけ続ける。

 ベッケンハイムの領主ではなく、平民の力を削いで支配者層へ不満を抱かせるための策略だ。


「外の人員は街道のあいだにある山中で最後の合図を待っています」


 彼らはその影でベッケンハイム強襲の部隊を編成し、各々が人目につかぬよう商人や冒険者に偽装して密かに目前で集結していたのだ。その中核を成すのは“まつろわぬ民”の子らがいたあの小屋である。


 なにあろう、狂犬一家はベッケンハイムの城を攻め落とそうとしているのだ。


「ヒヒ、終わったら、な! 払いを渋るんじゃ、ねえぞ? ヒヒヒ」


「ええ、もちろんですとも。報酬もそこに記載の通りに」


 薄鈍うすのろが頷き、グレッセンは紙を後ろ手に顎鬚の男へと渡す。


「ヒヒヒ。まあ、任せとき、な! オマエらが、首尾よく始められりゃあ、ヒヒ、あとはなんとでもしてやらあ、な! ヒヒヒ」


 その返事に安堵のため息を吐く薄鈍うすのろ宿六やどろく


「あ、そーだ師匠! ひとつお願いがあるんだけど!」


 大きく請け負ったグレッセンに傷物きずものが手をあげる。


「おん?」


「お小遣いにする予定だった子ども三人逃げちゃったんだよね」


 故意に逃がしたなどとおくびにも出さないその態度に薄鈍うすのろ宿六やどろくがヌルい笑みを浮かべる。


「見かけたらついでに面倒よろしくね♪」


「お、おう……見かけたら、な! ヒヒヒ」


 その言葉を聞いて、傷物きずものは笑顔で手を差し出した。


「じゃ、お買い上げってことで、あの子たちの代金ちょうだい♪」


 彼女がなにを言っているのかとっさに理解できず、一瞬室内が静まり返る。


「意地汚え、な! オマエってやつは!」


 そのふてぶてしい態度にはさしものグレッセンも呆れるよりほかなかった。

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