影に潜む元締め

影に潜む元締め1

 狂犬一家は騒ぎのあった中心に木箱を並べて腰を下ろし、各々勝手に散らばった商品に手をつけていた。


「ねえ薄鈍うすのろ、なんかきたわよ」


「見ればわかります。それより口のなかに物を入れたまま喋るのは行儀が悪いですよ傷物きずもの


「おいおいこいつが行儀よかったことなんぞあんのかよ」


「あ、あるもん! あんたたちが見てないだけでしょ!?」


「ははは確かに宿六やどろくは見てないでしょうね」


「あんたは見えてるでしょなに笑ってんの目ん玉井戸水で洗ったほうがいいんじゃないの!?」


 そしらぬ振りで盛り上がっている三人を自警団が囲む。


「テメエらか、市場の真ん中で“まつろわぬ民”を売るなんてデカい声で言ってやがった馬鹿共は」


 リーダー格と思しき整った顎髭の男が薄鈍うすのろを睨む。彼は涼しい顔で受け流しながら周囲に視線を巡らせた。既にあの少年たちの姿はここにはない。


「ええ、ええ、確かに僕たちですよ。まあ肝心の商品はこのどさくさでどこかいってしまったようですけどね。もしかしてお買い上げをご希望でしたか? 一足遅かったですね。いや残念」


「ちっ、ふざけやがって……まあいい。ガキ共には用はねえ」


 忌々しげに吐き捨てた男の言葉に少し考えた薄鈍うすのろ傷物きずものを指差して下卑た笑みを浮かべる。


「それでは女でしょうか。少々が立ってますしこんな顔ですからご用命ならお安くしておきますよ?」


 傷物きずものが自分を向いている指先をぺしぺしと串で叩きながら眉間に深いしわを刻む。


「この盆暗ぼんくら眼鏡が。歳の話も勝手に商談すんのもやめてちょうだい」


盆暗ぼんくらではありません。あなたの頼れる兄貴分、薄鈍うすのろです」


「うっさいわ」


「テメエらいい加減にしろよ」


 ふざけた態度のふたりに苛立ちを抑えきれなくなった顎鬚の男が無造作に傷物きずものの髪を掴もうと手を伸ばした。次の瞬間薄鈍うすのろが別人のような鬼の形相でその手を掴んで止める。


「僕に許可なく傷物きずものに手を出すなんて……いけませんね。お仕置きが必要でしょうか」


 薄鈍うすのろが筋力の強化魔術を自身に付与した。鍛錬で可能な限界以上の出力を得た左手は実戦で鍛え上げられた剛腕であろうがものともせず一方的に万力の如く締め上げる。


「ぐ、あ……っ」


「その辺にしとけよ薄鈍うすのろ。おっさんの腕なんぞ捥いだって煮ても焼いても美味くねえぞ」


 彼が宿六やどろくの仲裁に渋々といった様子で手を放すと、男はとっさに腕をかばいながら距離を取った。

 ゆらりと立ち上がってあいだに入り仁王立ちになる宿六やどろく

 後ろに控えていた“自警団”の面々も殺気立ち各々得物に手をかける。


「やめろ」


 男が部下たちを制止した。


「元締めがテメエらをお呼びだ」


 その言葉に宿六やどろくがニヤリと笑う。


「お前らの元締めってのは“悪人形”の旦那のことかい?」


 “自警団”の面々が一瞬ざわついたが、顎髭の男は「余計なことは言わずにさっさとついてこい」と低く言うだけだった。

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