善を振るう商人3

 乱闘が始まった。

 大きく跳躍した宿六やどろくが自分に殺到した商人や客の頭をひと薙ぎに蹴り飛ばせば悉く傍観者や他の露店に突っ込み、それに巻き添えを食った者たちが加わってさらに乱闘の輪を広げていく。


「やれやれ、まったく騒がしいですね」


 しかし薄鈍うすのろはまったく関心なさそうに、むしろ大仰に溜息を吐いてみせてから商人を見上げる。


「それで、どうなさるんです?」


 引きつった顔で目の前の混沌を凝視していた商人が薄鈍うすのろへと視線を移す。

 もうめちゃくちゃだ。こいつらだってそうだ。こんな馬鹿げた取引、なにを真に受けることがあるんだ?


「はは、は。考えてみりゃ人間を買うの買わねえのとマトモに取り合うほうがどうかしてんだよな」


「ははは、これは奇遇ですね。正直なところを申し上げると僕もそう思います」


 しれっと口にした薄鈍うすのろ目掛けて商人が大きく拳を振り上げる。


「どうすっかはお前をブチのめしてガキ共を助けてから考えらあ!」


「あ、はい」


 薄鈍うすのろは鋭く振り下ろされた拳を左手でするりといなすと同時に足を払って商人をころりと優しく仰向けに転がした。

 そしてあっけに取られている商人の顔を、滑り止めのついた頑丈な靴に全体重を乗せて勢いよく踏みつける。


「僕、こんな身なりなんでよく誤解されるんですけど宿六やどろくと比べたってそんなに荒事が苦手ってわけじゃないんですよね。って聞いてます?」


 ぐりぐりと踏み躙ってから足をどけると、商人は踏みつけの一撃で既に意識を失っていた。


「おやおや、これでは取引を続けられませんねえ」


 苦笑して乱闘へ視線を向けると、そちらへ悠々歩を進める。


「さて、たまには宿六やどろくと一緒に遊ぶのも悪くありませんかね」


 商品扱いしていた子どもたちのことなどまるで目に入らないように通り過ぎていった薄鈍うすのろの背を見送ってなにやら察した傷物きずものはその手に握っていた縄の端を先頭の少年に握らせる。


「それじゃ私もちょっと首突っ込んでくるから、あとはよろしくね♪」


 縄に繋がれているのは少年とその弟妹の三人で、しかしその先を握っているのもまた少年だ。三人はなにが起きたのかわからない顔で傷物きずものを見上げた。


「え、あ、あの……」


「あんたが命を懸けて守るんでしょ? だったら自分の命も一蓮托生よ。放しちゃだめだからね」


「えっと……はい」


 傷物きずものの表情は別人のように穏やかで、少年たちにはわけがわからない。自分たちを売るんじゃなかったのか。そのためにわざわざ連れてきたんじゃないのか。

 けれども彼らはわざわざ目立つように市場を連れ歩き、絡んできた商人を嘲笑うように煽り、挙句に乱闘騒ぎを優先して自分たちを放り出すというのだ。


 傷物きずものはそれ以上を言葉にせず少年の頭を一度ぽんと軽く叩くと、するりと人ごみに紛れた。適当な大きさの果物を掴んで移動しながら援護射撃を始める。

 取り残された少年たちは顔を見合わせ、そして覚悟を決めた。




 乱闘は既に相手を選ばず誰も彼もが手当たり次第という境地に達していた。

 しかしここは下流街も外縁に近い市場だ、まともな警備などくるはずもない。

 多くの者が倒れ、あるいは力尽きてへたり込み騒ぎも概ね収まった頃にようやく彼らはやってきた。

 その誰もが武器を携え、剣呑な空気を湛えて周囲を見回しながら三人に近付いてくる。


 “自警団”。


 名ばかりは立派な彼らはしかしまともな職に就くこともなく汗水たらして働きもしない。ただ代価を取って暴力を請け負うだけの連中だ。

 要するに他人にたかるごろつき共の集団である。非合法な商品の流通も担っていると言われているがそれを知るのは彼らの兄弟と認められた者だけで、一般の平民はその真相を知る由もない。

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