善を振るう商人2

「そうですとも。見てくださいこの哀れな子らを」


 半歩身を引いて視界を譲りつつ左手で子どもたちを指す。


「彼らは山奥で家族五人静かに過ごしていたのですが、飢えた狼の群れが移住してきてご両親は食い殺されてしまったのです。庇護者を失い食べた物に中り瀕死になっていたところにたまたま通りがかったのはならず者。一命を取り留めたのも束の、今度は金のために売り飛ばされようとしている!」


 まるで台本を読み上げて台詞を吐く舞台役者のように、よく通る声で朗々と語る薄鈍うすのろ


「可哀想でしょう? 哀れに思い声をかけた男気溢れるあなたが買い取ってあげたらいいじゃないですか。そしてこの町であなたの子として平民登録をしてあげれば彼らも安心して生きられるでしょう。いやあ、感動の人情物語ですねえ!」


 いつのにかざわめきは静まり、誰もがその声に聞き入り視線を向けている。

 商人は焦った。

 いくら“まつろわぬ民”とはいえ、そして助けるためとはいえ、買ったとあってはいずれなにか問題が起きるかもしれない。それにそのあとはどうする?

 “まつろわぬ民”の平民登録は積極的に推奨されていて、どの町や村でも無料で手続き可能だ。そのとき家族構成もある程度自由に申請できる。

 だから彼らを買い取って家族として迎えるという薄鈍うすのろの提案は、無理難題どころか本当に子どもらのことを思っての行動なら筋が通っていて現実的だ。


 だが、男はいい歳でありながら未婚の身だった。

 もし子どもを三人も抱えたとあっては結婚相手はもう見つからないかもしれない。それに蓄えはあるが彼らを十全に養えるかと言われると、さすがに怯まざるをえなかった。

 この三人へ払う子どもの代金もまだわからない。善意で安くするなんてことは天地がひっくり返ってもありはすまい。手酷く毟り取られるのは目に見えている。

 かと言ってこの状況で今更「値段による」ような返事はできようはずもない。それこそこの市場で長年かけて細々と築き上げてきた立場や沽券に関わる。


 商人の迷い悩むさまを薄鈍うすのろ傷物きずものは愉快そうにニヤニヤと眺めていた。子どもたちは悲しいかなはなから平民の商人に期待などしていない。

 そして宿六やどろくは……こんな茶番に興味はないとでも言わんばかりにあくびをすると傍の露店から肉の串焼きを鷲掴みにして口へと運んだ。


「やっぱちゃんと食う肉に味まで付けてあっとうめえな」


 傍にいた人々が唖然としているなか、まったく意に介さず掴んだ肉を平らげると指を舐めて次の串焼きへ手を伸ばす。

 半ば無視を決め込んでいた露店の主も商品に手をつけられては黙っていられない。


「お、おい兄さん、食うなら代金を払ってくれよ」


「ああ、あいつがガキ買ったらな。それともお前が買うか?」


「はあ? 買うわけねえだろ! くだらねえこと言ってねえで金をはらばはっ」


 最後まで聞くことなく宿六やどろくが露店の主を殴り飛ばし、盛大に吹っ飛んだ主は隣の露店を商品ごと巻き込んで破壊する。


「おうおう軽いじゃねえか。ちゃんと飯食えよ?」


 周囲の巻き添えすら関心を向けない宿六やどろくの態度に、周囲の空気が一斉に燃え上がった。


「やりやがったなこの野郎……いい加減にしろよクズ共が!」


「やっちまえ! 三人とも市場の門に吊るしてやる!」


 ある者は素手で、またある者は手近な長物を握って宿六やどろくへ殺到する。

 戦国の世の露店商人などというものは元々反骨精神の塊だ。誰も彼もがこの鬱屈とした空気に限界を感じていたのである。

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