善を振るう商人

善を振るう商人1

 翌日、ベッケンハイム城下町の下流街市場は不穏な空気にざわついていた。


「きょーうはてーんきっだ、いっちにーいっちにー♪」


 調子っぱずれな歌のような、女の掛け声と共に歩いてくるのは六人組。狂犬一家と“まつろわぬ民”の子どもたちだ。

 一列に並んだ彼らは先頭から魔術士然とした隻腕の男薄鈍うすのろ、そのすぐ後ろに顔面十字傷の女傷物きずもの、その後ろに薄汚れた少年少女が背丈の順に並び、最後尾を肌も露わな筋肉質の目隠し男宿六やどろく

 下流街は治安も悪くスラムの一歩手前、実際にこういった胡乱なやからも多く闊歩しているのでそれだけで目立つわけではない。


 問題は三人の少年少女だ。彼らは首と胴で数珠つなぎに縄を打たれ、その先端を女が握って引いているのだ。


 この六人が何者なのか? 子どもたちはなぜ罪人が如くに縄を打たれているのか? 市場に並ぶ露店の商人たちもその客たちも興味津々ではあった。とはいえ狂犬一家の顔など知らぬ一般人から見ても、この一行は明らかに常軌を逸した連中だ。


 しかし子どもたちの沈んだ表情に良心が痛んだのか正義感でも疼いたのか、体格のいい露店商人の男が一行の前に立ちはだかった。


「ちょいと待ちな兄ちゃんたち。ガキ共が迷子になるのがそんなに心配かい? それにしたって犬っころじゃねえんだ、縄で繋ぐのはやり過ぎだろうがよ」


 その身体は中年ながら長身で筋骨隆々、修羅場を潜った経験も幾度となくあるのだろう。今すぐ商人を辞めて傭兵になったとしても名をあげられそうな風体だ。

 目の前に立たれた薄鈍うすのろは微塵の怯みも見せずに一歩詰めて触れるか触れないかのすれすれで商人を見上げる。


「お気遣いありがとうございます。しかしご心配なく、らは商品ですからこの扱いで差支えありませんので」


 にこやかに返す薄鈍うすのろに対して周囲はざわつきを一層大きくし、商人は眉を吊り上げた。


「商品だあ!? テメエ人身売買は大陸どこでもご法度だろうが! それもこんなガキを……よくもぬけぬけと抜かしやがったな!!」


「はあ、そうは言われましてもねえ?」


 薄鈍うすのろは小馬鹿にしたように眉を寄せて笑い、眼鏡をくいと押し上げる。


「この子らは“まつろわぬ民”です。人身売買と言うのであれば、彼らを“ひと”と定め庇護する法がベッケンハイムにはありますので?」


 商人は言葉に詰まった。

 もちろん“まつろわぬ民”も“ひと”には違いない。いくら平民としての登録がないといっても、実際に“まつろわぬ民”なら売買してもかまわないなどという理屈はどこの町でも通用しない。


 が、そこに根拠がないのも、また確かだ。


 うしろでは傷物きずものが「はいはい休憩だよー」と子どもたちを立ち止まらせ、宿六やどろくが関心なさそうに市場の匂いに鼻をひくつかせている。


「た、確かにそんなものはないが……テメエにだって人情くらいあんだろ?」


「いえ、そういう商品は扱ったことありませんけど」


 商人が苦し紛れに放った言葉を無下に返してから、薄鈍うすのろはピッと人差し指を立てて続けた。


「けれどもあなたはずいぶんと人情に恵まれたかたのようだ。どうです? 彼ら三人をあなたが買いませんか?」


「お、俺が?」

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