命を懸ける少年3

 少年の行動に薄鈍うすのろ傷物きずものも、飛び掛かられた当の宿六やどろくですら動きはしなかった。

 少年の握りしめたフォークは宿六やどろくの厚い胸板に突き刺さったものの、それは指先一節ほどの深さにも満たず筋肉に阻まれている。


「おいおい、なにすんだ?」


 少年はまったく意に介さず立ち上がった宿六やどろくに怯んだように弟妹の前まで下がりフォークを構え直す。


「お、弟と妹は俺が……俺が、命を懸けて守る!」


 その言葉に薄鈍うすのろがくすりと笑い、傷物きずものが「おー」と気のない感嘆をあげながらぱちぱちと雑な拍手をする。刺された宿六やどろくだけが口をへの字に曲げて大きな溜息を吐いた。


「命を懸けて、か。そのために、ロクに刺さりもしなかったフォークで戦うのか?」


「そ……そうだ! たとえこの命に代えても、お前らを倒す!」


 少年は僅かに言葉に詰まったが、強い決意を込めて言い返す。

 そして次の瞬間には弾けるように踏み込んだ宿六やどろくに蹴り上げられて弟妹の頭上を越え、うしろの木に激突した。

 幼いふたりが「ひぃっ」と短い悲鳴を上げて涙目で屈み込む。


「ちょっと殺さないでよ?」


 宿六やどろく傷物きずものの言葉を無視して、屈み込んだ子どもたちの脇を大股に通り過ぎ倒れたまま呻いている少年の前に立つ。


「お前なにがしてえんだ?」


「なに……って……」


 半身で起き上がりかけた少年の頭上を暴風を纏った中段蹴りが掠め、背後の木が派手な音を立てて倒れた。

 少年は思わず首を竦め、恐る恐るそちらを見ていた弟妹がまた悲鳴をあげる。


「ガキどもを守りてえのか、俺様を倒してえのか、どっちなんだ?」


「両方だよ! だってあんたらを倒さなけりゃふたりは守れないだろ!」


「刺さりもしねえフォークでどうやって倒すのかも見物だが、万が一ここで俺様を殺せたとしてだ。それでお前、あいつらを守れんのか?」


 宿六やどろくは背中越しに見えていないはずの弟妹へ親指を向けて続ける。


「おかしなもん食わせて自分諸共もろとも殺しそうになってたじゃねえか。俺たちがいなけりゃなんとかなるって本気で思ってんのか?」


 確かに、この場を切り抜けてもこの森のなかで三人でやっていけるかと言われれば、少年には自信がない。


「そもそもだ」


 宿六やどろくが少年の襟首を掴んで吊り上げると鼻先に顔を近付ける。


「お前、命を懸けて守るっつったよなあ。なのに勝機のねえ相手に頭から突っ込みやがって、お前が死んだら残されたガキどもは誰が守るんだ? お前が守ろうとしてんのは自分のつまんねえ自尊心だけなんだよ」


 違う、俺は本当にふたりを守ろうと……そう思いはしても、少年はそれを言葉にできなかった。宿六やどろくもそれ以上なにも言わない。

 気まずさと緊張感の詰まった静寂を破ったのは傷物きずものだ。


「はいはいご飯食べてるときにお説教はやめてちょうだい! だいたい子ども相手に大人げないわよ!」


傷物きずもの、フォークでひとを指すのは行儀がよくありませんよ」


「いいのよどうせ刺さりゃしないんだから」


 薄鈍うすのろも混ぜっ返すように茶々を入れ始めたので毒気を抜かれたのか、宿六やどろくは乱暴に少年を放すと元の位置へ戻って腰を下ろした。


「ぷふふ、ちょっぴり血ぃ出てるじゃん。舐めたげよっか?」


「っせえな。今日は気分じゃねえ」


 からかうような傷物きずものの言葉を億劫そうに突っ撥ねた宿六やどろくは黙って自分の皿に追加を盛って食事の続きを始めた。

 その様子に薄鈍うすのろ傷物きずものと顔を見合わせて苦笑を浮かべると、子どもたち三人へと視線を向ける。


「あなたたちも今のうちに食べられるだけ食べておきなさい。お腹いっぱい食べる機会も温かいものを食べる機会もこれが最後になる。それくらいの覚悟でね」

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