西の果ての領主2

 “狂犬一家”。彼らはそう名乗っていた。


 首魁の薄鈍うすのろは隻腕の優男。知恵が回り弁が立ち、どこで身に着けたのか高度な魔術を操る偽善者。

 その兄弟分である宿六やどろくは盲目ながら筋骨隆々の武闘派。恐るべき脚力で馬上の敵に飛び掛かって組み打ちで仕留める野獣のような悪漢。

 一家の紅一点、傷物きずものは顔の中心に大きな十字傷を持つ眉無しの美女。能天気な言動で無害を装いながら投げる得物は百発百中という曲者だ。


 この世界の各地には法の下に庇護を求めず社会構造におもねることなく自分たちだけで細々と生きる自由民、“まつろわぬ民”というものが存在する。

 彼らは姓を持たないのが通例だが、そのなかでも狂犬一家は名すら使わず仲間内でも仇名あだなでしか呼び合わないことからよほど後ろ暗い過去があるに違いないと誰もが勘ぐっていた。

 しかしどれほど調べてもベッケンハイムとの戦いに敗れて逃亡した騎士貴族や犯罪者の記録にそれらしいものは見つからず、正体は依然不明のままだ。


 彼らは街道を使わず危険な荒野を踏破しているらしく神出鬼没、町から離れて旅する商人や冒険者を好んで襲い、首尾よくいけば生存者を恩着せがましい言葉と共に生かして返すのが常だ。

 そのためこの数年で彼らは瞬くにその悪名を轟かせ、同時に流通は滞りがちになり治安は悪化の一途を辿っていた。

 物資が奪われるたびに商人たちの力が落ちていくのも領としては手痛い。

 中小規模の商人たちのなかには経営に行き詰って廃業したり別の領へ去ってしまう者もあり、やむなく引き留め目的で補償してやろうとしたところ城下町に巣食うごろつきどもが虚偽申請で補償金を掠め盗ろうとする始末。


 領主のバロキエは職業騎士に討伐隊を編成させて向かわせたり三人に高額な賞金を懸けたりと手を尽くしていたが、高い力量を持つ騎士や冒険者との衝突は巧みに避けられてしまいなんの成果もあげられていない。


「まったく、このワシに恨みでもあるというのか……?」


 ひとちてから滅ぼしたどの領も騙し討ちしたようなものだし数えきれないほど恨まれてそうだなと思い直す。

 為政者としても、圧政を敷いているわけではないが清廉潔白と自負するほどでもない。


 ちらりと横へ視線を向けると、バロキエの様子を伺っていた使用人と目が合った。彼女はなにも言わずに視線を逸らす。

 この使用人の娘、ラティアは若い頃から付き合いのある商人ザルバの家で奉公人として働いていたところをバロキエが倍値で引き抜いてきて傍仕えさせている。

 元は良家の子女なのだそうで妙に気位が高いところを気に入っていた。


「おい、ラティア」


「はい、ご主人様」


 彼女は視線も向けずに答えた。

 従えども屈せずと言わんばかりの硬い返事が、いくつもの難題を抱えストレスに晒されているバロキエの疲れた心にすっと染み渡る。


「そこの窓枠に両手をついて尻をこちらへ向けろ」


 露骨ろこつ不躾ぶしつけな命令に眉根を寄せてくちびるを噛むと「承知、致しました」と絞り出すように答えて彼女は窓際へ立つ。

 そこからはベッケンハイムの城下町、正面には深い森と山があり、街道は山を避けるように二本に分かれてそれぞれの隣町へと続いている様子が一望できた。


 私はこのようなところでなにをしているのだ……。


 心のなかで想いをくすぶらせながらも、今の彼女には主の玩弄を受け入れ耐えることしかできない。

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