西の果ての領主

西の果ての領主1

「また商人が襲われただと!」


 日当たりのよい執務室で固太りの男は大声をあげて拳を叩き付けた。頑丈な執務机を物ともしないその勢いと派手な音に、報告を持ってきた兵士と傍に控えていた侍女が同時に首を竦める。

 領主、バロキエ・オルガス・ベッケンハイム。大陸の西の果てベッケンハイム領から周辺三領を手中におさめて最大勢力となり、今もなお領土拡大を目論んでいる野心家だ。


「ええい、護衛の冒険者はどうした! ギルドには護衛任務の報酬を割り増せるよう補助金も出しているだろうが!」


 しかしその覇道も近年は支配下の治安悪化に伴って陰りを見せていた。


「それが……奇襲を受けて御者と護衛の半数近くが瞬くに倒されてしまい……残りは逃げ出したと。置いていかれた商人が運よく生き延びてギルドに報告にきたそうです……」


 兵士が気まずそうに告げる。


「護衛対象を先に逃がすもんだろうが馬鹿どもが! なんのために高い金を払ってると思っているのだ!」


 冒険者ギルドから受けた連絡を報告する仕事は自分が悪いわけでもないのにバロキエの叱責じみた罵声を受ける貧乏くじだ。

 兵士は己の主が発する特に意味のない冒険者への罵詈雑言をうんざりした気持ちで聞き流しながらちらりと彼の横へ視線をやった。

 そこには領主と懇意にしている豪商宅でたまたま目を付けられて身売り同然に仕えることになった、若い娘の使用人が所在なさげな表情で黙って立っている。


 高い位置で結われた青みかかった黒に近い髪と大きな漆黒の瞳。東の島国の民との混血なのだろうか、白い肌との対比に独特の美しさがある。

 他の使用人はみな袖裾そですそが長い露出の少ない制服なのだが、彼女に限ってはそれを煽情的に切り詰めたやや下品なほど露出の多いものを支給されていた。

 気丈な性格なのか媚びもせず弱っている姿を見たこともないが、バロキエもそれゆえに面白がって手元に置いているのだろう。愛妾というよりは玩具のような扱いだ。


 まあ、それでも俺よりはよっぽどいい給料貰ってんだろうな。


 彼がそんな嫉妬交じりの下卑た目で彼女を舐めるように眺めているとそれを察したバロキエがさらにまなじりを吊りあげて怒鳴った。


「貴様も報告が済んだならさっさと持ち場へ戻れ! この愚図が!」


「はっ! 失礼致します!」


 兵士は背筋を伸ばして答えると逃げるように退室する。

 扉が完全に閉じられるまで怒りの眼差しでその姿を見送るとバロキエは大きく溜息を吐いた。


「くそ、あの狂犬どもめ……絶対楽には死なせんからな……」

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