第26話

 sideE


「先に行って」

 つい、そんなことを口にした。


 私の仕事は戦闘ではない。

 兵役の経験とは言え、たった一年間。

 それも短期間の訓練を受けた後は、むしろ医療部門での仕事の方が多かった。


 だから、戦うことで、この場を何とかできるとは思っていなかった。

 だけど。

 やらなくてはいけない、そんな気がしたのだ。


「何するつもりだ」

 ユーリの言葉に、私はガーデンショップで作った手製爆弾を見せた。

「ここで使わせてもらうわ」

 にこりと笑う。

 ユーリは一瞬躊躇した表情を見せ、そして言った。

「上で待ってる。ヘンリー行くぞ」

「わかった」

 そして、私の方を見て、一言。

「死ぬなよ」

「死なないわよ」

 不安を押し殺して答える。


 ユーリは割といい人だ。

 いや、いい男だ。

 古臭く、男として責任感という思想を持っている。

 その思想、私個人としては、なかなかに好ましい。

 だがそれ以上に。

 その一方で、そんな男の外見が、眼鏡をかけた美少女メイドという捻れた背徳感。

 これは正直素晴らしい。


 このゲームを用意したゲームマスターのセンスは大概だけど、そこだけは評価してもいい。


 と、馬鹿なことを考えていると、家電百足が起き上がり始めた。

 さて、順番に端から殺していくのでは、いささかどころではなく弾丸が足りない。

 とは言え、爆弾を使おうとも、使いどころを考えないと、なかなかに難しい。

 適当に投げて空中で爆発しても、そんなことでは一撃死は難しい。


 では、狭所に押し込めて、そこで爆殺といきたい。

 エレベーターには入らない。

 となると……トイレか。


 私は家電百足の顔に銃弾を叩き込み、ヘイトを稼ぐ。


「さあ、こっちよ」


 家電百足が歩き出す。

 私は案内板を確認しつつ、走り出す。


 私を追って、家電百足も走り始めた。

 あえて、家具売り場の中を抜けていくが、テーブルやソファーを蹴散らしながら追ってくる。

「早いわね」

 少し計算違いを感じつつ、走り抜ける。


 そして、壁際のトイレスペースへと入り込む。

 一旦、売り場から10メートルくらいの通路に入り、その中に男女のスペースが存在する。

 躊躇せず、女性用に入り、壁を盾にして、銃撃を始める。


 弱点はわかっていた。

 だから、額のパソコンを狙うが、何か学習したのか、顎を上げ気味に、額を隠しながらやってくる。


 舌打ちしつつ、奥へと入る。

 そして、トイレの仕切りによじ登り、ポジションを上に取る。


 家電百足の顎のアームが、壁を削りながら狭いトイレに入ってきた。

 ポジションを高めにとった私には、弱点が丸見えだった。


「死んで」


 弾倉すべて撃ちきるまで、銃弾を叩き込む。


 案の定、家電百足は再度死んだ。

 だが、厄介なのは、何度でも蘇るということだ。

 ドラム式洗濯機一つずつで再生すると考えると、あと10回くらい殺す必要がある。


 だから私は残っている爆弾を二か所に分けて設置する。

 そして導火線に点火。


 走って逃げる。


 トイレのような狭い空間は、爆発のダメージが集中させやすい。

 また、壁や天井、床が安普請だとしても、階下へ落下、もしくは建材で埋めるなど、いくつかの手段にはなり得る。


 だが、それは私にとっても同じだ。

 全力で走って、テーブルや家具を倒して、爆風除けの壁を作り、その中に伏せた。



 そして、盛大な爆発音。

 爆風が頭上を吹き抜けていく。


 爆風が収まったのを確認しつつ、私はゆっくりと頭を起こした。

 そこには、バラバラになった家電が転がっていた。


 ふう。


 一息ついた私は、みんなと合流すべく、上りの階段を目指す。

 だが、そこで見たのは、ドーナツ頭のマネキンたちだった。

 階下から上がってきたのだ。


 腹をくくって、マネキンを撃ち倒す。

 だが、数が尋常ではなかった。


 私は別の階段を探す。

 この広さのショッピングセンターで、上下の導線が一つということはない。

 案内板に従って走る。

 マネキンたちもぞろぞろとついてくる。


 時折、先頭の何体かを倒すが、決して追手は緩まない。


 階段の手前で弾丸が尽きた。

 後は走るしかない。


 私は必死に走った。


 だが、その階段からもマネキンが這い出てきていた。

 そこを避けて、マネキンのいない方向を目指す。


 けれど。

 私は家具売り場のカウンターに閉じ込められることとなった。


「もう駄目かな……」


 さすがに※タメイキ※をつくしかなかった。


 見回しても武器になりそうなものはない。

 せいぜいがパイプ椅子。


 私は死を覚悟した。



 その時、銃声。


「エマーーーっ!」


 信じられなかった。

 助けが、来た。


「ユーリっ!」


 カウンターの中に、長いスカートを翻して、日本刀と拳銃を両手に持ったメイドがそこに立っていた。

 そして、肩から提げていたミニ14を差し出した。


「ラスボスは倒した。あとはここから脱出するだけだ」

「ヘンリーは?」

「神と交渉するとさ。走れるか」

「そうね、あなたが一緒なら」


 私は立ち上がった。

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