第18話
「まあ、そうだよねぇ。僕はヘンリー・ダイアー。気が付いたら、この町にいた。君たちは何か知っているかね。ここがどこなのか、とか」
黒のフリルに艶やかな金髪がよく似合っている。
尊大な態度も、まあこういうキャラにはつきものだろう。
ついでに、その名前が俺の雇い主の名前と同じものという事実にも気づく。
「ミスダイアー。俺らもここがどこなのかはわからない。そして、おそらくは君と同じだ。気づいたらここにいた」
「ふむ。ミスとか言われると、背中がかゆくなってしまうね。ヘンリーで結構。と、いうか君も元男か」
「俺は斎藤悠理。こちらはエマ・グレイソン」
「おおお、君はグレイソン教授か。僕だダイアーだよ」
「面影すらないわね」
「まあ、そういうな。お互い様だろう」
ヘンリー・ダイアー。
記憶の範囲でだけ言えば、ダイアー財団の会長であり、C&H製薬、スターズテクノロジーなどのいくつもの企業の代表でもある。
本拠地は、マサチューセッツ州のアーカム。
そして、彼がリーダーの海洋探検チームの護衛が俺の仕事だった。
「ところで、何か食べるものはないかね。目が覚めたのがブティックでね。着るものは山ほどあったが、食べるものが何もなくてね」
「じゃあ、あの店に行きましょうか。一応、店の中なら、ヤツらは襲ってこない」
そう言って、俺は二件先のカフェを指さした。
カフェのドアは開いていた。
エマと二人、警戒しつつ、店内を確認する。
事務室に粘液だまりがあり、ここにも誰かがいたらしいことはわかった。
だが、誰もいない。
どこかへと出て行って。
まだ生存しているのか、否か。
「何か作ってもらえないかな」
と、言い出したのはヘンリー。
「自分で作ればいいだろう」
「ふふん。僕は食事を作ったことがないのだよ。なぜかつくったものが真っ黒になってしまうのでね」
「偉そうに言うな」
そう言って、冷蔵庫からパンとバターを取り出す。
「これなら、食えるだろ」
「トーストにしてもらえるとうれしいかな」
悪びれずに言う。
いらっとするが、それを抑え込み、トースターにぶちこむ。
ついでにコーヒーメーカーの電源を入れ、コーヒーを淹れる。
「私が運ぶわ」とエマ。
そう言って、トーストとコーヒーをトレイに乗せて配膳する。
「お待たせしました。お嬢様」
「ありがとう」
ああ。メイド喫茶をやりたかったのか……。
と、何となく納得してしまう。
「ミスターヘンリー。あんた、どこまで覚えてる?」
「何をだね」
「海洋探検チームの目的と、そこで何があったのか」
「ユーリ、君もチームのメンバーだったのか? あまり名前に記憶がないのだが」
「イージスから派遣されてきた護衛チームの一人だ」
「おお、そうか。ふむ、ひょっとして、出航パーティーの時にイアイギリを見せてくれたのは君か」
「覚えてるのか」
「ああ。サムライの末裔というのは、僕も会ったことはなかったからね。僕が会ったサムライの末裔は、皆ビジネスマンで、サムライソードを操れる者などいなかったからね」
「ふむ。お気に召したのなら、それはそれだが」
そう答えつつ、冷凍のミートパイを見つけたので、オーブンで温める。
ついでに、ホイップクリームやら何やらも見つけたので、甘めのカフェを用意する。
「まだ足りないだろう。追加が行く」
「それはありがたい」
エマが近づいてくる。
「料理できるの?」
「簡単なものならな」
「エマは?」
「ごめんなさい。日本のカップラーメンくらいなら作れるわ」
それは作れないという言葉と同義語だ。
まあいい。
「これも運んでくれるかい」
「わかったわ」
ミートパイにアップルパイ、レアチーズケーキ。
そして、キャラメルマキアート。
そこで、金髪のゴスロリとプラチナブロンドのミニスカカフェメイド。そして黒髪のクラシックメイド。
怪しい風景だった……。
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