第16話

「ドイツの化学者、フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュが発明した硝酸アンモニウムの生成法よ。水と石炭と空気からパンを作る方法と言われ、人類を飢餓から救った功労者。農作物の収穫量は飛躍的に増加して、それによって人類は現在の隆盛を獲得した」

「そうなのか」

「そうよ。残念ながら、爆薬の材料でもあったからと言われて。まあ、でもフリッツ・ハーバー自身は、第一次大戦で、毒ガス開発の責任者もしていただったから、その評価もどう感じていたかはわからないわね。まあ、とは言え、今はそんな授業みたいなこと言ってても仕方ないか」

「授業か」

「そうよ。一応、授業もやってたわよ。大学で」

「俺はろくすっぽ勉強しなかったからね」

「でも、あの国の人間で、英語をすらすら話せるのって珍しいわよ。文化的にも完全に独立してるし」

「母が米軍基地界隈で働いていてね。潜り込んで、いろいろバイトしてて、何となく覚えただけさ」

「そうなんだ。まあ、それはともかく」

 そうつぶやきながら、店の中からステンレスのボウルや農薬のびん、そしてデジタルスケールなど、それっぽいものを適宜集めている。

「今は、あいつらを吹き飛ばすために、役立ってもらわないとね」

「頼む」

「やってみる。テキストというか、解説書みたいなものは読んだことがある」

「兵役の時か?」

「内緒」

 にこりと笑った。


 う。


 反則のような笑顔。

 言ってることは、ひどく物騒な話だ。

 だが。

 元男としては、突き刺さるような、可愛い笑顔だった。


「手伝うことは?」

「特にないわ。大丈夫」

「そうか」


 まあ、兵士としての教育しか受けてないからな。

 こういう場合は、とりあえず、できることをやる、くらいだ。


 とりあえず、鞄からダイナーから持ち出したチーズやパンなどの食料を取り出す。

 そして、簡単なサンドイッチをつくる。


「食べるか」

「ありがと」


 エマは手を伸ばしてサンドイッチを手に取ると、そのままパクつく。


「もうできる」

 農薬の入っていた瓶が二つ。

 それがダクトテープでぐるぐる巻きにされて、導火線らしきものが出ていた。


「とは言え、ただの爆発で殺せるほど甘くはなさそうだけど」

「周りに釘でも詰めるか」

「ううん。対人ならそれでいいけど。あの半機械半生命体のドラゴン相手だと、表面で爆発させても、どれだけのダメージが与えられるか」

「ふむ」


 俺はイラスト地図を取り出して考える。

 すると。


「じゃあ、これを使おう」


 俺は地図の中のを指さした。


「ガソリン……かあ」

「ああ。一気に吹き飛ばす方向で」

「ねえ、それはそれとして」

「何?」

「最初の化け物車、ガソリンタンクをピッケルで壊したって言ってなかった?」

「いや、壊したというか。肉になってたので、割と簡単に抜けた」

「で、火をつけたのよね」

「うん」

「あのビッグリグ、ガソリンタンクってあそこよね」

 そう言って指差す。

 ちょうど、前輪が伸びて、前脚になった、その脇に丸い円筒形のタンクがあった。

「これで、抜けないかな?」

 そう言って、M4カービンをかまえる。

「ああ」

 ふむ。まことにその通りだ。

 あのドラゴンは、自分の弱点を堂々とさらしながら、こちらを見ている。

「行けそうな気がする」

「でしょ」

「引火させて、燃えているところに、爆弾投げ込むのは?」

「それで行こう」

 悪くないアイデアな気がする。

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