第11話

 sideE


 ドアをたたく音がした。

 コツコツと。

 私は包丁を構えながら近づいた。

「誰?」

 ドアの向こうから声。

「さっき電話で話したイージスの人間だ」

 ドアを開ける。


 パーカーを着た少女が転がり込んできた。

 手には登山用のピッケルと、妙に膨れたトートバッグ。。


「あ、あなたは?」

「さっき電話で話したイージスの人間だ」

「え? あなた……が」

「奥へ行こう。人を食う化け物みたいな車がうろついてる。奴らは店の中に入ってこないらしいが、目立つのはよくない」

「あなたも見たの?」

「ああ。三台ほど焼いてきた」

 そう言って、トートバッグを指し示す。

 あと二本、火炎瓶が入っている。

「殺したの?」

「多分な」


 私たちは店の奥へと入った。

 どことなく湿ったパーカーに身を包んだ彼女は私の方をじっと見つめる。

 う。メイド服のせいか。

 いいじゃない、着てみたかったんだから。


「何か、視線がスケベなんだけど」

「いや、ずいぶん美人だな、と思って。エマ・グレイソン?」

「ええ」

 何よ。よくわかっているじゃない。

「斎藤悠里だ」

 日本人……かな。

 漆黒の黒髪。いいな。

 だけど、何かべっとりとしてあまり綺麗じゃない。

「あなた、子どもよね」

「今の君もな」

「ふむ。あなたも子どもではなかったということ?」

「もちろんだ。ついでに言えば、男だった」

「男?」

「ああ。若返るだけじゃないってことだ」

 そうか……。男だったのか。道理でぶっきらぼうな口調なんだ。

「ふむ。だから、さっきあんな目をしてたんだ」

「すまん。忘れてくれ」

「いいわよ。こんな状況だしね。まずは情報共有、かな」


 目が覚めたらこの場所にいた、というのは同じらしい。

 粘液に包まれた状態で、裸で放り出されていたのも同じということだ。

 スポーツ用品店で目覚めたユーリは、そこのありもので武器と衣服を用意して、ここまで来たらしい。


「街路樹が歩いていたの」

「街路樹?」

「足がついていて、口もついてた気がする。トリフィドみたいに歩いていた」

「だから、ここから出るのはやめて、誰かの助けを期待した。見込みがあったわけじゃないわ。逃げて助かる見込みがなかっただけ」

「まあ、そうだな」


 ユーリは掃除用具の中からモップを取り出していた。

 その先端に包丁を縛りつけて、槍にして振っている。

 戦う人らしい。

 とは言え、外見は完全に少女だ。

 戦えるのだろうか。


 ふと気が付いて、レジ横のイラスト地図を手に取った。

 スポーツ用品店とは言っていたけど、どこだろう。


「これを見て。あなたはどこにいたの?」

 ユーリは地図を手に取って見つめる。

「スポーツ用品店だ。おそらく、ここ」

 指し示した場所は、三軒ほど向こう。


「ユーリ、あなた、記憶はどのくらい残ってる? 男だったときの記憶」

「しっかり残っているよ。あ、だけど、こうなる前の仕事のことが、よく思い出せない。俺はPMCのスタッフだった。そして、多分君を含む何かのチームの護衛をしていた……はずだ。だけど、その前後の詳細はあまり思い出せない……」

「ふむ。私も同じ。どこかの町で護衛の人たちと合流して……たしか船で出発したはず。船の中でパーティーみたいなことをしたことも覚えているわ。だけど、その後どうなったのか……」

「パーティー? ええ。目的地までは時間がかかるからって言って。日本のサムライがイアイギリとか見せてくれたわ」

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