第10話

「そう言えば、着替えたら。そのパーカー、何か臭い」

「まあ、そうだけど……、ああ。化け物の唾液だ」

 たしかに臭いし、ベタベタする。

「ちょっと洗ってくる」

「これ。着たら可愛いと思うわよ」


 そう言って差し出されたのはメイド服。

「え……」

「大丈夫です。あたしのと違って、ロングドレスだから、恥ずかしくはないわよ」


 いや、そういうことじゃなくてね。

 とは言え、何か圧力に負けて着替えた。


「似合う……。さすが日本人!」

「いや、メイドって、本場は英国だろ」

「何を言うのよ、現代のメイドの聖地は日本の秋葉原でしょ。黒髪の女の子のためのものなのよ」


 何か力強い言葉。

 この女……、ちょっとサブカル入ってるというか……オタク?


「エマは何の仕事してたの? 何であのチームにいたのか……」

「私の専門は生物学というかバイオテクノロジー。あと医学分野でもあるかな。王立工科大学というところで研究者をしていたわ」

 王立工科大学と言えば、スウェーデンにある、ヨーロッパでも有数の大学だ。

「研究テーマは不老長寿。細胞の活性化による再生医療が具体的な研究内容だけど」

「そんな人がなぜ」

「Cという生物の細胞を提供されたの。がん細胞に近いような、強烈な再生力を持った細胞のサンプル。それは、南太平洋の……、あれ。何だろう……。ごめんなさい。よく思い出せない」

「ふむ。肝心なところが霞がかかったようになるのは、俺も同じさ」


 そんな優秀な研究者が日本のサブカルに詳しいのも、だいぶ謎だけど。


「まあいい。何はともあれ、このくそったれな悪夢のゲームを終わらせよう」

「そうね。あそこで終われるかどうかはわからないけど」

「それは言いっこなしで」

「そうね」

 そう言って笑った。

「だけどあなたとなら、何とかできる気がするわ」

 エマが笑った。


 この笑顔は守りたい。

 俺は、そっと心に誓った。

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