第6話
sideE
目が覚めると、そこはダイナーか何かのような店舗だった。
どろりとした粘液のようなものに包まれて、リノリウムの床に転がっていた。
何故、こんなところに。
記憶がつながらない。
自分は誰だ。
エマ・グレイソン。
王立工科大の研究者で、誰かの依頼で船に乗った……ところまでは覚えている。
ただ、行き先は、こんなダイナーのような飲食店ではなかったはずだ。
見回すと、サブカルのコンセプトショップなのか、日本のアニメーションのポスターなんかが飾られている。
ふと見ると、何も着ていない。
一糸まとわぬ全裸だった。
だが、ちょっとおかしい。
胸がない。
もともと、それほど豊満な胸を持っていたわけではないが、これほどまでに未成長なものではなかったはずだ。
それと、よく目が見えている。
近視がひどくて、眼鏡を手放すことのできなかったはずなのに、物がよく見えていた。
とは言え、とりあえず粘液を洗い流し、着るものを手に入れるのが最優先事項な気がする。
ダイナーのキッチンへ行ってみると、水道は生きていた。
水で洗い流し、ペーパータオルを何枚も使って身体を拭う。
着るものを探して、事務室の方へと向かう。
そこには、従業員用のロッカールームがあった。
中へ入って探してみると、ウェイトレス用の制服が何枚か置いてあった。
「メイド服……!」
秋葉原の女の子が着ているメイド服がそこにあった。
黒のワンピースに白いフリルで飾られたエプロン。
そしてメイドプリム。
毎夜眺めていた日本製のアニメーションで、ヒロインたちが着ているメイド服だった。
発祥は英国だが、フランスやアメリカの文化を取り入れ、独自発展した衣装。
それがメイド服だった。
いつか着てみたかったが、北欧の田舎ではかなわなかった憧れだった。
とりあえず、一番上にあった一着を手に取って、鏡で合わせてみた。
そこには見知らぬ、いや、かつて見知った少女が立っていた。
「何、これ? 若返り?」
若いころ、まだ少女の時代の姿が、そこにあった。
鏡を見て、自身の身体を確認して。
それを確信する。
まあ、いい。
何故なのか、は別に考えるとして、まずは服を着よう。
サイズに合ったメイド服を取り出して、着こむ。
ガーターストッキングとローヒールの革靴まであるが、肝心の下着はない。
そうか……。
まあ、従業員用の制服とあれば、下着を望むのは無理だろう。
とりあえず、下着はあきらめて、一式を身に着ける。
うん。
下着なしは不安だが、完璧なメイド姿だ。
ヤバい。可愛いぞ、私。
と、自画自賛はそこまで。
そもそもの状況が不明瞭なまま、いつまでもはしゃいでいるわけにもいかない。
とりあえず、服を身に着けたのだから、少し外の様子を見てみようか。
ブラインドの隙間から覗くと、どこかのショッピングストリートか何か。
看板から察するに英語圏のどこかだ。
道のだだっ広さから英国ではなく、北米のいずれかの国だろう。
自動ドアの内側のカギを開け、外へと出てみる。
あたりに人影はない。
街路樹と駐まっている車。ゴミのバケツぐらいの風景。
ただ。
その街路樹が大きく揺れた。
「?」
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