第4話

 窓から降りて、武器になりそうなものをもう一度探す。

 キャンプ用品の棚から、カッターナイフよりはマシそうなコンパクトナイフ。

 そして、カラビナにザイル、そしてライター。ピッケル。

 先端の鋭利なピッケル。これは、十分に武器になり得るものだった。

 ようやく、武器らしいものを手にした俺に安心感が戻る。

 勝てなくとも、一矢報いる程度のことはできそうだ。


 他にもライターや簡易ストーブ。

 燃料のアルコール。

 残念ながら、それで焼く肉はない。


 よし。

 戻ってきた自信をもとに、事務スペースの電話の受話器を手に取る。

 そして、暗記している「会社」の電話番号のボタンを押す。

 呼び出し音が鳴る。

 だが、誰も出ない。

 緊急指定の電話だ。

 24時間、誰かが待機している電話。

 だが、誰も出ない。


 しばらく鳴らし続ける。


 あきらめようと思ったその時。


「誰?」


 子供のような声。あり得ない。

 子供が出るわけのない電話。


「君こそ、誰? そこはイージスカンパニーでは?」

「知らないわよ、そんな会社。いや、いえ。それはうちで契約していた警備会社じゃない、あなた、誰?」

「俺はイージスの社員で……」

「じゃ、じゃああたしを助けてよ! あたしはエマ・グレイソン。どこなの、ここは! あたしはパンドラ島にいたはずなのに!」

 パンドラ島。それは、俺の。

 仕事の……。


「今、どこにいる? 周りに何がある?」

「知らないわよ! ダイナーなの? ロイヤルグリル? 気が付いたらここにいて……。店の外に、何か変な……」

 いきなり電話が切れた。



 エマ・グレイソン。

 何となく覚えている。

 護衛対象の要人の一人。

 若い研究者だったような。



 ダイナー。

 いわゆるレストランだが、そもそも、なぜそんなところに電話が通じた?


 悪意を感じた。

 何かの悪意。


 仕掛けた連中は、きっと何か悪意を持って仕掛けている。

 打破しない限り、俺はどこかで死ぬ可能性が高い。


 そんな飛び切りの悪意。


 化け物車に、人間をこんな身体にする技術。

 超自然的な何かなのか、国家的な実験なのか。


 だが、座して待つだけでは、解決はできない。


 まずは車。

 車だ。

 バケモノでも車だ。

 エンジン音がする、ということはガソリンで動くのだ。

 ならば。

 ヤツの腹の中には、ガソリンがある。

 それに引火すれば、燃えるはずだ。


 俺はキャンプ用品から燃料用のアルコールを探す。

 ガラス瓶に入ったそれを、何本か取り出す。

 キャップを開けて、少しこぼして、トイレにあった洗剤を混ぜる。

 そして、タオルにアルコールを浸して、口にねじ込む。

 即席火炎びんの出来上がり。


 それと、車相手は、まず止めなくてはいけない。

 スティンガースパイクというわけにはいかないが、テント用のペグを束でつかみとる。

 釘でもいいが、そっちがないので、やむなしというところだ。


 売り物のトートバッグに瓶やペグをつめ、肩から提げる。

 さて。

 とりあえず、三台。

 化け物を殺す。

 俺は、一本目の火炎瓶に火を点けた。

 そして、ドアを開けた。

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