第3話

 ふと視線を感じた。

 壁に背を当て、周囲を見る。

 何もない。

 カメラか?

 それとも誰かが隠れている?


 いや。

 止まっていたワンボックスのバンのライトが煌々と光った。


 俺は目がくらまないよう、視界を遮る。

 その時、車のライトの中に瞳孔と虹彩が見えた。

 何を言っているのか、と言われると思う。

 だが、間違いない。


 車が。


 サイドにでかでかと配達業者の名前がプリントされたシェビーのバンがこちらを見ていた。

 そして、フロントグリルが上下に割れた。

 その中には、無数の牙と、やけに長い舌が現れた。

 ぬめぬめとした唾液が意図を引きながら、口が大きく開いていく。

 細かな牙は鮫の牙のようだ。

 哺乳類の口には思えない。


 夢か、夢なのか?


 セルモーターの音とともに化け物バンが身震いをした。

 エンジンの排気音。

 のろのろと進みだす。

 まるで、生き物のように。


 よく見ると鉄でできているはずのボディが、「まるで生き物のように」脈打っている。

 トラックとスポーツカーも起きだしていた。

 スポーツカーは、長いボンネットがかぱりと開いた。

 エンジンが入っているはずの「そこ」から長い舌が現れた。

 鮫のような牙は、こちらも変わらない。


 ヤバい。

 こいつは、本当にヤバい。

 これは、

 想定外だ。

 クルマに喰われるなんていうのは。


 自分が少女になった以上に想定外だ。



 大きく口を開けた化け物バンが向かってきた。

 横っ飛びに逃げる。

 フルブレーキ。

 スキール音は、明らかに車の発する音だ。

 だが、その発する大本は。

 ただのバケモノだ。

 ぎろりとこちらを見る。

 そしてバックする。

 ライト部分の目が充血している。

 怒り。殺意。

 背筋が寒くなる。


 俺は逃げ出した。

 元いた倉庫に向かって。


 化け物バンとスポーツカーが争うように向かってきた。

 俺は転がり込むように倉庫に駆け込み、ドアを閉める。


 そのまま、倉庫の壁にぶつかる衝撃音。

 とは言え、倉庫の壁は破れなかった。


 慌てて、事務机の下に隠れたが、最初の一撃以降、大きな衝撃音はなかった。


 改めて、倉庫の中を見回す。

 窓は、天井近くにある明かりとりしかついていない。

 化け物たちは、一体どうしたのか。

 それもわからない。


 よし。棚からクライミング用っぽいグローブを取り出し、手にはめ、壁を登る。

 鉄筋むき出しなので、足場には、さほど苦労はしない。

 窓にだとりつき、そっと外を眺めると、化け物車が、元の位置に戻っていた。


 この中にいる限り襲ってこないのか、それとも「人間」を知覚しない限り襲ってこないのか。

 どっちだろう。



 とは言っても、ここに立てこもるわけにもいかない。

 水はあるが、食料がない。

 ここはスポーツ用品の倉庫らしいので、プロテインバーくらいないかと思って探したが、残念ながら存在はしなかった。


 さて。

 どうやって逃げ出すか、だ。


 少なくとも、真っ当な状況ではない。


 だとしたら。

 試さなくてはいけないことが一つあった。

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